「減損会計」と不動産鑑定評価の密接な関係とは?企業価値を守るための必須知識

はじめに

企業の財務諸表(バランスシート)には、本社ビル、工場、店舗など、事業の核となる多くの「固定資産」が計上されています。これらの資産は、かつて取得した時の価格(簿価)で記載されていますが、その資産が将来、投資した資金を回収できるだけの収益を稼ぎ出せなくなってしまうことがあります。

このような「資産の収益性低下」の実態を財務諸表に正しく反映させるための会計ルールが、「減損会計」です。

減損会計は、上場企業などに適用が義務付けられている重要なルールですが、そのプロセスにおいて「不動産鑑定評価」が法的に重要な役割を担っていることは、経理や財務の専門家以外にはあまり知られていません。

この記事では、一見すると難解な減損会計の仕組みと、その中で不動産鑑定評価がなぜ、どのように活用されるのかを、具体例を交えながら分かりやすく解説します。

第1章:そもそも「減損会計」とは何か?

減損会計をひと言でいうなら、企業が保有する固定資産の「健康診断」のようなものです。その資産が、帳簿に記載されている価値(簿価)に見合うだけの「稼ぐ力(収益性)」を維持しているかを定期的にチェックし、もし収益性が著しく低下していれば、実態に合わせて簿価を切り下げる(減損損失を計上する)手続きを指します。

なぜこのような手続きが必要なのでしょうか? 例えば、30年前に100億円で建設した工場が、技術の陳腐化や需要の低迷により、今ではほとんど利益を生み出せなくなったとします。この工場を、財務諸表上でいつまでも「100億円の価値がある資産」として表示し続けることは、投資家や銀行といった利害関係者の判断を誤らせる「不誠実な報告」と言えます。

そこで、減損会計は、このような「資産の過大計上」を防ぎ、企業の財政状態をより正確に、実態に即して報告させることを目的としています。

減損会計の簡単な2ステップ

減損会計のプロセスは、大きく2つのステップで進められます。

  • ステップ1:「減損の兆候」の把握 まず、保有する資産に「収益性が低下したかもしれない」というサイン(=減損の兆候)があるかどうかを判断します。 (例)
    • 資産を使用している事業部門が、2期連続で営業赤字となっている。
    • 資産の市場価格(地価など)が、簿価から50%以上、著しく下落した。
    • 経営環境の悪化により、資産を当初の予定通り使えなくなった(店舗の閉鎖決定など)。
  • ステップ2:「減損損失の認識」の判定 「兆候あり」と判断された資産についてのみ、減損を行うべきかどうかのテストを実施します。具体的には、その資産の「簿価」と、その資産が生み出す「割引前将来キャッシュフロー(将来にわたって稼ぎ出す収入の合計額)」を比較します。 ここで、「簿価 > 割引前将来キャッシュフロー」となった場合に、減損損失を計上することが確定します。

第2章:なぜ「不動産鑑定評価」が必要になるのか?

ステップ2のテストの結果、減損の実施が確定したら、次に「いくら簿価を切り下げるのか」を計算する必要があります。

会計基準では、資産の簿価を「回収可能価額」まで減額し、その差額を「減損損失」として計上するよう定めています。そして、この「回収可能価額」を算定するプロセスで、不動産鑑定評価が不可欠となるのです。

「回収可能価額」とは?

「回収可能価額」は、以下の2つの金額のうち、どちらか「高い方」の金額と定義されています。

  1. 正味売却価額: その資産を「今すぐ市場で売却した場合に得られるであろう金額」から、売却にかかる費用(仲介手数料など)を差し引いた金額。つまり「時価」のことです。
  2. 使用価値: その資産を「今後も事業で使い続けた場合に得られるであろう将来キャッシュフロー」を、現在の価値に割り引いた(ディスカウントした)金額。

不動産鑑定士の役割

この2つの金額を算定するにあたり、企業の自己判断だけでは、客観性や恣意性の排除が問題となります。特に、監査法人による厳しいチェック(会計監査)を受ける上場企業にとっては、第三者による客観的な根拠が必須です。

  • 「正味売却価額」の算定において 企業の不動産の客観的な時価を求めるには、国家資格者である不動産鑑定士が作成する「不動産鑑定評価書」が、最も信頼性の高い証拠資料となります。鑑定評価書は、法的な証明力を持つものとして、会計監査の場でも尊重されます。
  • 「使用価値」の算定において 使用価値のベースとなる事業の将来キャッシュフローは企業自身が見積もりますが、そのキャッシュフローを現在の価値に直すための「適切な割引率」の把握や、将来の使用期間終了時に見込まれる「処分見込価額」の算定において、不動産市場に精通した鑑定士の知見が活用されるケースもあります。
    また、将来キャッシュフローを見積もる際にも、例えば「この不動産を他社に貸した場合に得られる想定賃料」などを不動産鑑定士が査定することで、より客観的で精度の高い「使用価値」の算定が可能になります。

第3章:減損会計における不動産評価の具体例

簡単な設例で、実際の流れを見てみましょう。

  • 前提
    • あるメーカーが、地方に工場を保有している。
    • 工場の土地・建物の簿価合計:10億円
    • 業績不振が続き、「減損の兆候あり」と判断。
    • テストの結果、減損の実施が確定した。
  • 「回収可能価額」の算定
    1. 正味売却価額の算定: 会社は、不動産鑑定士にこの工場の鑑定評価を依頼。鑑定士は、周辺の売買事例や土地の収益性などを総合的に分析し、「正味売却価額は6億円である」という鑑定評価書を提出した。
    2. 使用価値の算定: 会社の経理部門が、この工場を今後も使い続けた場合に生み出す将来キャッシュフローを計算したところ、その現在価値は「5億円」と算定された。
  • 減損損失の計上 回収可能価額は、「正味売却価額(6億円)」と「使用価値(5億円)」のうち、高い方である6億円となります。 したがって、会社が計上すべき減損損失は、 【簿価10億円 - 回収可能価額6億円 = 減損損失4億円】 となり、この決算期から、この工場の簿価は6億円に修正されます。

まとめ

減損会計は、単なる社内の経理処理ではなく、企業の資産の実態を外部に正しく示すための、社会的な責任を伴う重要な会計手続きです。そのプロセスにおいて、不動産鑑定評価は、客観性と信頼性を担保し、会計監査にも耐えうる「公正な時価」を提示するという、極めて重要な役割を担っています。

企業の経営者や財務・経理担当者にとって、減損会計のルールを正しく理解し、適切なタイミングで不動産鑑定士を活用することは、自社の財務の健全性を守り、投資家からの信頼を維持するための、必須の知識と言えるでしょう。

当事務所では、会計監査において厳密な客観性が求められる減損会計(正味売却価額の算定等)について、不動産市場の動向や個別資産の特性を緻密に分析し、監査法人にも十分な説得力を持つ精緻な不動産鑑定評価を行っております。減損テストの実施や固定資産の評価でお悩みの企業の財務・経理担当者様は、ぜひ一度ご相談ください。専門家の視点から、最適なサポートを提供いたします。