インバウンド本格回復!「ホテル・旅館」の不動産評価はどう変わるのか?

はじめに

円安を追い風に、日本の観光産業が劇的な復活を遂げています。空港や観光地は外国人観光客(インバウンド)で賑わい、コロナ禍で苦境に立たされていたホテル・旅館業界は、力強い回復軌道に乗りました。

この活況は、新たなホテル開発や既存施設の売買といった「不動産投資」の世界にも大きな影響を与えています。投資家たちが日本の宿泊アセットに熱い視線を送る中、「ホテルや旅館の不動産価値」を正確に測る、私たち不動産鑑定士の役割もまた、重要性を増しています。

オフィスビルやマンションの評価とは全く異なる、ホテル・旅館の鑑定評価。その特殊な評価アプローチと、現在のインバウンド回復が評価額にどのような影響を与えているのかを、専門家の視点から詳しく解説します。

第1章:ホテル評価の基本:建物の価値ではなく「事業の価値」を測る

まず理解すべき最も重要な点は、ホテルや旅館の不動産価値は、単なる「土地と建物の価格」ではない、ということです。

例えば、オフィスビルや賃貸マンションの価値は、比較的シンプルです。立地や築年数、貸室の面積などから、将来にわたって得られるであろう「家賃収入」を予測し、その総和を現在の価値に割り戻すことで評価されます。

しかし、ホテルは違います。ホテルの価値は、その不動産が生み出す「宿泊、飲食、宴会といった複雑な“事業”全体の収益性」に依存します。極端に言えば、どんなに立派な建物でも、宿泊客が来なければその価値はゼロに等しいのです。

そのため、ホテル評価の主役となるのが、「収益還元法」、特に「DCF法(Discounted Cash Flow法)」と呼ばれる評価手法です。

DCF法とは?

これは、そのホテルが将来にわたって生み出すであろう「純粋な現金収入(キャッシュフロー)」を予測し、それを“割引率”という考え方を用いて現在の価値に換算する手法です。「このホテルには、将来どれだけのお金を稼ぐ力があるのか?」を分析し、それを不動産価値として表現するアプローチ、と理解してください。

第2章:鑑定士が見る重要指標:ホテルの「収益力」の正体

DCF法で将来のキャッシュフローを予測する際、私たち鑑定士は、ホテルの運営状態を示すいくつかの重要な経営指標(KPI)に注目します。インバウンドの動向は、これらの指標に直接的な影響を与えます。

1. ADR(Average Daily Rate):平均客室単価

一部屋あたり、一泊いくらで販売されたかを示す平均価格です。インバウンド、特に欧米からの観光客は、国内旅行者に比べて宿泊にかける予算が大きい傾向にあります。彼らの旺盛な需要が、ホテル全体の客室単価を力強く押し上げています。

2. OCC(Occupancy Rate):客室稼働率

販売可能な客室のうち、実際にどれだけの割合が利用されたかを示す指標です。外国人観光客の増加は、この稼働率を直接的に改善させます。コロナ禍では50%を割り込むホテルも珍しくありませんでしたが、現在は80%~90%を超える施設も増えています。

3. RevPAR(Revenue Per Available Room):販売可能客室あたり収益

これが最も重要な指標で、「ADR × OCC」で計算されます。つまり、「全客室が、一日あたり平均いくらの収益を上げたか」を示すもので、ホテルの宿泊部門の真の収益効率を表します。鑑定士は、過去のRevPARの推移や将来の観光需要を分析し、未来のRevPARを予測することが評価の出発点となります。

収益から価値へ:GOP(営業総利益)の重要性

これらの指標を基に宿泊部門の収益を予測し、さらにレストランや宴会部門などの収益を合算します。しかし、売上がそのまま不動産価値になるわけではありません。ここから人件費や光熱費などの運営コストを差し引いたGOP(Gross Operating Profit:営業総利益)がいかに残るかが、不動産価値を決定づける極めて重要な要素となります。最終的にはこのGOPをベースに必要な調整を行い、キャッシュフローを算出していくのです。

第3章:インバウンド回復が評価に与えるプラスとマイナスの影響

現在のインバウンド回復は、ホテル評価に対して主にプラスの影響を与えていますが、専門家として注意深く見ているマイナス要因(リスク)も存在します。

プラスの影響

  • 収益予測の上昇による評価額の増加:これが最大のプラス要因です。インバウンド需要を背景に将来のADRやOCCをより高く予測できるようになったため、算出されるキャッシュフローが増加し、結果として不動産の評価額も上昇します。
  • 多様なホテルへの評価:かつてはビジネスホテルやシティホテルが中心でしたが、インバウンドの多様なニーズに応える「ブティックホテル」「デザインホテル」「古民家を改装した旅館」など、個性的で高付加価値な宿泊施設が、その独自性を収益力として評価されやすくなりました。
  • 地方の宿泊施設の価値向上:観光客が東京~大阪の「ゴールデンルート」だけでなく、これまで注目されてこなかった地方都市や自然豊かな地域へも足を延ばすようになりました。これにより、地方に眠っていた旅館やホテルの価値が再発見され、評価額が見直されるケースが増えています。

専門家が注視するマイナス要因(リスク)

  • 運営能力(オペレーター)のリスク:ホテルの収益は、運営会社の経営手腕に大きく依存します。どんなに良い立地でも、運営能力が低ければ収益は上がりません。鑑定評価では、そのホテルの運営会社の実績やブランド力を厳しく評価し、リスクとして織り込みます。
  • 深刻な人手不足とコスト増:業界全体が、深刻な人手不足とそれに伴う人件費の上昇に直面しています。また、光熱費や食材費の高騰も利益を圧迫します。将来の収益予測では、これらのコスト増を現実的に見込む必要があり、評価額の抑制要因となります。
  • 定期的な修繕費と設備更新(CAPEX)の負担:ホテルは一般的な不動産に比べ内装の傷みが早く、家具家電(FF&E)の定期的な更新が不可欠です。また、競争力を維持するための大規模修繕も必要になります。将来の収益を予測する上で、これらの資本的支出(CAPEX)をいかに正確に見積もるかが鑑定評価の精緻さを左右します。
  • 外部環境の変動リスク:インバウンド需要は、国際情勢、為替の急変、新たな感染症の発生など、予測不能な外部リスクと常に隣り合わせです。これらのリスクは、DCF法で用いる「割引率」に反映させ、評価額を慎重に算定する必要があります。

まとめ

インバウンドの本格回復は、日本のホテル・旅館業界にとってまさに恵みの雨です。その力強い収益性の改善は、不動産としての価値を大きく押し上げています。

しかし、不動産鑑定士の仕事は、その明るい未来予測だけに目を向けることではありません。その裏側にある、運営リスクやコスト増、CAPEXの負担、外部環境の不確実性といったマイナス要因も冷静に分析し、すべてを織り込んだ上で「持続可能で客観的な価値」を導き出すことです。

活況に沸くホテル市場だからこそ、専門家による多角的で慎重な評価が、賢明な投資判断の羅針盤としてこれまで以上に求められています。

当事務所では、収益構造が複雑なホテル・旅館等の宿泊施設について、業界動向や各種KPI、潜在的なリスク(CAPEX等)を緻密に分析し、説得力のある精緻な不動産鑑定評価を行っております。こうしたニーズでお悩みの企業様・投資家様は、ぜひ一度ご相談ください。専門家の視点から、最適なサポートを提供いたします。