はじめに
長年にわたり、日本の不動産市場は「超低金利」という名の強力な追い風を受けてきました。住宅ローン金利は歴史的な低水準で推移し、多くの人が「少ない負担で高額な物件を購入できる」という恩恵を享受してきました。この低金利が、近年の不動産価格、特に都市部における価格高騰の最大の要因であったことは間違いありません。
しかし、その時代が終わりを告げました。日本銀行は金融政策の正常化、つまり「マイナス金利の解除」とその後の「利上げ」について、具体的に動き始めました。
このニュースに、不動産の購入を検討している多くの人々が不安を感じています。「金利が上がったら、住宅ローンの返済額が増えるのではないか?」「不動産価格は暴落してしまうのではないか?」
この記事では、不動産鑑定士の視点から、金利と不動産価格の間に存在する「切っても切れない関係」を解き明かし、金利上昇が市場に与える影響、そして今後の不動産選びで何が重要になるのかを、専門的に、かつ分かりやすく解説します。
第1章:なぜ金利が上がると、不動産価格は下がるのか?
「金利が上がると、不動産価格は下がる」というのは、経済の基本原則です。その背景には、大きく二つの理由があります。
理由1:住宅ローンの返済額が増え、購買力が低下する
これが、個人が不動産を購入する際に最も直接的な影響です。具体的な数字で見てみましょう。
仮に、4,000万円を期間35年、元利均等返済で借り入れるケースを考えます。
- 金利が「0.5%」の場合 毎月の返済額は「約103,833円」
- 金利が「1.5%」の場合 毎月の返済額は「約122,473円」
金利が1%上昇するだけで、毎月の返済額は約18,600円、年間では約22万円も増加します。
これは何を意味するでしょうか?多くの人は、「毎月支払える住宅ローンの額」を基準に、借入額、つまり購入できる物件の価格を決めています。金利が上昇すると、同じ月々の返済額で借りられる金額(=購買力)が減ってしまうのです。
例えば、月々10万円を返済に充てられる人の場合、金利0.5%なら約3,850万円借りられますが、金利1.5%では約3,260万円しか借りられなくなります。市場全体の購買力がこのように低下すれば、売主は価格を下げなければ買い手を見つけられなくなり、これが不動産価格への下落圧力となります。
理由2:不動産投資の魅力が相対的に低下する
もう一つの理由は、不動産投資家の視点です。投資家は、銀行からお金を借りて(=借入金利)、収益物件を購入し、家賃収入(=利回り)を得ます。この「利回り」と「借入金利」の差(これを「イールドギャップ」と呼びます)が、投資家の利益の源泉です。
- 低金利の状況:利回り4%の物件を、金利1%で借りた資金で購入できれば、3%のイールドギャップ(利益)が生まれます。
- 金利上昇後の状況:同じ利回り4%の物件を、金利が2%に上昇した資金で購入すると、イールドギャップは2%に縮小してしまいます。
金利が上昇すると、不動産投資のうまみが減るだけでなく、国債など、よりリスクの低い他の金融商品の魅力が増してきます。その結果、不動産市場に流入していた投資マネーが減少し、これもまた価格の下落要因となるのです。
第2章:金利上昇が「すべての不動産」に同じ影響を与えるわけではない
では、金利が上昇すれば、日本中の不動産が一律に値下がりするのでしょうか?答えは「いいえ」です。不動産と一口に言っても、その性質や購入するターゲット層は千差万別です。金利上昇に対する「耐性」は、物件の種類や立地によって大きく異なります。
ここでは、影響を受けやすい不動産と、受けにくい不動産の違いを深掘りしてみましょう。
金利上昇の影響を受けやすい不動産
- 「郊外・地方の一般的なファミリー向け物件」 こうした物件の主な購入者層は、住宅ローンを最大限まで利用して購入する一般的な子育て世帯です。第1章のシミュレーションで見たように、金利が上がればダイレクトに購買力が低下します。特に近年は、夫婦ペアローンを組み、借入可能額の限界まで借りて購入するケースも増えていました。金利上昇によって「買える価格の上限」が下がれば、これまで通りの価格では需要が細り、売主は価格を妥協せざるを得なくなります。結果として、最寄り駅からバス便の物件や、明確な強みのない郊外物件から、価格の下落圧力が顕在化していくでしょう。
- 「投資用ワンルームマンション」 多くの不動産投資家がローンを利用して購入するワンルームマンションも、借入金利の上昇に非常に敏感です。金利が上昇して毎月の返済額が増えても、それに比例して家賃をすぐに値上げできるわけではありません。結果として月々のキャッシュフローが悪化し、最悪の場合は手出し(赤字)が発生するリスクが高まります。これにより新規の投資需要が減退し、価格が伸び悩む、あるいは下落しやすいセクターと言えます。
金利上昇の影響を受けにくい不動産
- 「都心一等地の高額物件やタワーマンション」 主な購入者層である富裕層や海外の機関投資家は、現金での購入比率が高く、国内の一般的な住宅ローン金利の動向にあまり左右されません。また、SNSの「マンクラ(マンションクラスター)」などで常に話題に上るような、東京湾岸エリアの大規模タワーマンションなども該当します。例えば、現在注目を集める豊海タワーのように、大規模再開発と連動した希少性の高い物件は、圧倒的な眺望や共用施設の利便性、ステータス性から、実需・投資を問わず強い需要が存在します。このような「代えがきかない」物件は、金利が多少上がった程度では価格が崩れにくいという強靭さを持っています。
- 「賃貸需要が旺盛で、賃料の引き上げが可能なエリアの物件」 たとえ借入金利が上がっても、それ以上に家賃収入が安定して見込めるエリア、さらにはインフレに伴って「家賃を上げられる」エリアの物件は、投資家にとってのイールドギャップ(利益)が維持されやすくなります。都心の駅近物件や、企業集積・人口流入が続く再開発エリアなどは、退去が発生したタイミングで賃料を高く再設定しやすいため、金利上昇というコスト増を吸収でき、価格も底堅く推移します。
つまり、金利上昇局面において不動産市場全体を一括りにして「暴落する」と捉えるのは早計です。金利という向かい風が吹く中で、それぞれの物件の「真の資産価値」が試されるフェーズに移行したと考えるべきでしょう。
第3章:専門家が見る、今後の日本の不動産市場
これらの基本原則を踏まえた上で、今後の市場がどう動くかを予測します。
予測1:「暴落」ではなく「緩やかな調整」
まず結論から言うと、金利が多少上昇したからといって、不動産価格が直ちに暴落する可能性は低いでしょう。日本銀行も、急激な利上げが経済に与えるショックを十分に理解しており、利上げを行うとしても、極めて慎重に、緩やかなペースで進めると考えられます。そのため、市場がパニックに陥ることは考えにくく、価格は「緩やかな調整局面」に入るというのが現実的な見方です。
予測2:「二極化」が一層鮮明になる
今後の市場では、「良い物件」と「そうでない物件」の価格差、いわゆる「二極化」がこれまで以上に進みます。人々が限られた購買力の中で物件を選ぶようになるため、多少高くても「資産価値が落ちにくい都心・駅近」「再開発が見込める」といった、付加価値の高い物件に人気が集中します。一方で、交通の便が悪い、特徴のない郊外の物件などは、買い手が見つかりにくくなり、価格が下落する可能性があります。「どこに買うか」の重要性が、今よりも格段に増す時代になるでしょう。
予測3:「コストプッシュ型」の価格上昇圧力も続く
金利上昇は価格の「下落」圧力ですが、一方で「上昇」圧力も存在します。それは、近年の建築資材の価格高騰や人手不足による「建築コストの上昇」です。新築物件の価格が建築費に押し上げられると、それに引きずられて中古物件の価格も下がりにくくなります。今後の不動産価格は、この「金利上昇(下落圧力)」と「建築コスト上昇(上昇圧力)」の綱引きによって決まっていくことになります。
まとめ
金利の上昇は、間違いなく日本の不動産市場にとって大きな転換点となります。これまでのように、どの物件を買っても価格が上がるという時代は終わりを告げるでしょう。
しかし、それは必ずしも悲観的なことではありません。市場が冷静さを取り戻し、物件がその「真の価値」で評価される時代が来るとも言えます。
これから不動産の購入を検討する方は、目先の金利動向に一喜一憂するのではなく、
- 将来の金利上昇を見越して、無理のない資金計画を立てること。
- 資産価値が落ちにくい、本当に価値のある物件を厳選する目を養うこと。
この二つが、これまで以上に重要になります。時代の変わり目である今こそ、専門家のアドバイスも活用しながら、慎重かつ戦略的な不動産選びを心がけてください。
