はじめに
「東京のマンション価格は、もはやバブル状態だ」、「いつか必ず暴落するに違いない」。不動産の購入を検討している方であれば、一度はそんな言葉を耳にしたことがあるでしょう。特に、具体的な年として「2026年」を挙げ、価格の暴落を警告する声が、インターネット上や一部メディアで囁かれています。
この「2026年問題」、あるいは「マンションバブル崩壊説」は、多くの購入希望者を不安にさせ、「今は買うべきではないのか?」という迷いを生じさせています。
果たして、この説は本当に現実のものとなるのでしょうか? この記事では、不動産鑑定士として市場を客観的に分析する立場から、2026年が警戒される理由を一つ一つ分解し、それに対する専門的な反論を展開。そして、最も現実的な未来のシナリオを提示します。
第1章:なぜ「2026年」が警戒されているのか?
なぜ、数ある年の中で「2026年」が、バブル崩壊のXデーとして名指しされるのでしょうか。その根拠とされる説は、主に「供給過多」と「需要の冷え込み」、そして「実需の限界」といった複数のネガティブな要因が重なるというものです。
根拠1:「生産緑地2022年問題」の余波による供給過多
この話の起点は、2022年に遡ります。都市部にありながら税制優遇を受けてきた農地「生産緑地」の多くが、30年間の指定期間を終え、2022年に一斉に「売却可能」になりました。 当時、これらの広大な土地が一斉に売りに出されてマンション開発業者などが取得し、建設を経て「2025年~2026年頃」に新築マンションとして市場に大量供給されるのではないか、というシナリオです。
根拠2:「金利上昇」の本格化による需要の冷え込み
長らく続いたマイナス金利政策が解除され、日本は緩やかな「金利上昇」の局面に入りました。金利が上がれば住宅ローンの返済額は増加し、人々の不動産購買力は低下します。この影響が市場全体に本格的に浸透し、買い手控えが顕著になるのが2026年頃ではないかと見られています。
根拠3:「2025年問題」に伴う相続物件の大量放出
2025年には団塊の世代がすべて75歳以上の後期高齢者となります。これにより、高齢者の施設入居や死去に伴う「実家の相続売却」が急増すると予想されています。高度経済成長期からバブル期にかけて大量供給されたマンションが「売り物件」として中古市場に溢れかえり、価格崩壊を引き起こすという懸念です。
根拠4:価格高騰による「実需層の限界」と「海外マネー流出」
いくらペアローンを組むパワーカップルであっても、年収に対する物件価格の倍率は過去最高水準に達しており、一般層の実需の購買力はすでに限界を迎えているという指摘です。加えて、これまで東京の不動産価格を押し上げてきた「円安」を背景とする海外マネーも、為替の変動によって一気に流出すれば、高額帯のマンションから順に価格が崩れていくのではないかと危惧されています。
第2章:「暴落は起きない」と考える専門家の反論
一見すると非常に論理的に聞こえるこれらの暴落説ですが、私たち専門家の多くは、このシナリオは現実的ではないと考えています。なぜなら、その前提部分に現実とのズレがあるからです。
反論1:「生産緑地の大量供給」は起きていない
暴落説の起点であった「生産緑地の大量売却」は、実際には起きていません。国や自治体が指定期間を10年延長できる「特定生産緑地」の制度を設けた結果、多くの地主は農地として維持する道を選びました。「市場の需給バランスを崩壊させるほどの大量供給」には程遠いのが実情です。
反論2:「建築コストの高騰」が価格の下支えとなる
仮に開発用地の供給が増えても、それが「安いマンション」の供給には直結しません。現在は建築資材の価格や人件費が世界的に高騰しています。デベロッパーも採算が取れない価格で新築を販売することはできず、この強烈なコストプッシュ圧力が、価格が大きく下がることを防ぐ強力な「下支え要因」となっています。
反論3:相続による「築古物件」は現代のニーズとミスマッチ
確かに相続によって市場に出回る中古マンションは増加するでしょう。しかし、放出される物件の多くは「築年数が古い」「駅から遠い」など、現代の共働き世帯が求める「職住近接」「高い利便性」といったニーズと明確なミスマッチを起こしています。市場に物件が溢れても、買い手が本当に欲しい優良物件の競合にはなり得ません。
反論4:国内外の資金は依然として「選ばれた物件」へ向かっている
実需層の購買力が厳しくなっているのは事実ですが、資金が枯渇したわけではありません。むしろ、マンクラ(マンションクラスター:情報感度の高いマンション愛好家層)や富裕層は、インフレヘッジとしてより資産性の高い不動産へ資金を集中させています。また、海外投資家にとっても東京の不動産は世界主要都市と比較していまだ割安感があり、象徴的で流動性の高い物件への資金流入は依然として底堅い状態です。
反論5:「都心部の需要」は揺るがない
金利が上昇すれば全体の需要は少し冷え込むかもしれませんが、都心の駅近など利便性の高いエリアに対する「実需」は非常に根強いものがあります。職住近接ニーズや相続税対策など、都心部のマンションを求める需要は多岐にわたり、多少の金利上昇程度では揺らぎません。
第3章:2026年以降のマンション市場、本当のシナリオ
それでは、暴落が起きないのであれば、マンション市場は今後どうなるのでしょうか。私たちの予測は「市場全体の暴落」ではなく、「市場内部の“二極化”の決定的な加速」です。
「何でも上がる時代」の終焉と二極化の加速
コロナ禍の金融緩和を背景とした「どんなマンションでも価格が上がる」という異常な市場は終わりを告げます。買い手の目線はこれまで以上にシビアになり、物件の価値が厳しく選別される時代が到来します。
具体的には、以下のような二極化がより鮮明になっていくでしょう。
- 価格が維持・上昇するマンション
- 都心の駅直結・駅近タワーマンション(東京都心3区エリアのタワーマンションなど)
- 大規模な都市再開発エリア内に位置する物件(高輪ゲートウェイ/湾岸/築地など)
- 誰もが知る大手デベロッパーによるブランドマンション(三井/三菱/住友/東急/野村など)
- (※希少性と利便性から、国内外の旺盛な需要に支えられ資産価値を維持・上昇させます)
- 価格が下落するマンション
- 最寄り駅から徒歩15分以上など、交通利便性に劣る物件
- 明確な特徴のない郊外エリアの物件
- ブランド力や管理体制に乏しい物件
- (※金利上昇による需要減退の影響を直接的に受け、価格を下げざるを得ないリスクが高まります)
不動産が持つ「真の価値」を見極めるために
このような二極化が加速する時代において、後悔しない選択をするためには、市場の噂や販売側のポジショントークに流されないことが重要です。不動産が本来持つ価値(収益性や市場性)を客観的データに基づいて精査し、その価格が本当に妥当かを見極める「不動産鑑定評価的なアプローチ」を持つことこそが、これからのマンション購入における最も強力な武器となるでしょう。
まとめ
「2026年にマンション価格は暴落しますか?」という問いに対する、私たちの答えは「NO」です。しかし、「どのマンションを買っても安全ですか?」という問いに対しても、同じく「NO」と答えます。
「2026年暴落説」は、いくつかの事実を誇張し、不安を煽る都市伝説に近いものです。しかし、この説が広まる背景にある「市場の転換点」という認識は、決して間違ってはいません。
これからのマンション選びは、「いつ買うか」というタイミングの問題以上に、「どこに、どんな物件を買うか」という「選択」の問題が、資産価値を決定的に左右する時代になります。噂に惑わされることなく、不動産の本質的な価値を冷静に見極める目を持つこと。それが、未来の市場で成功するための唯一の鍵となるでしょう。
