はじめに
「うちの会社は本社ビルと工場、倉庫に社宅…不動産をたくさん持っているけれど、ただ使っているだけで、戦略的に活かしているとは言えない」
このような課題意識を持つ企業の経営者や管理部門の担当者は、少なくないのではないでしょうか。実は、日本企業が保有する不動産の資産規模は約523兆円にのぼると推計されています(国土交通省「土地基本調査」平成30年確報集計)。企業にとって不動産は、人材や資金に並ぶ巨大な経営資源です。にもかかわらず、多くの企業では不動産が「管財(かんざい)」――固定資産の維持管理を担当する部門――や「総務」の担当範囲にとどまり、経営戦略の中核に据えられていないのが実情です。
こうした背景から注目されているのが、「CRE(Corporate Real Estate:企業不動産)戦略」です。国土交通省が2008年に「CRE戦略を実践するためのガイドライン」を初版公表し、2010年に改訂版「CRE戦略実践のためのガイドライン」を公表して以降、大企業を中心にCRE戦略への関心は高まっていますが、中堅・中小企業ではまだまだ浸透が進んでいません。
この記事では、CRE戦略とは何か、そしてその実践において不動産鑑定士がどのような役割を果たすのかを、分かりやすく解説します。
第1章:CRE戦略とは何か?
国土交通省の定義
CRE戦略とは、国土交通省の「CRE戦略実践のためのガイドライン」によれば、「企業不動産について、『企業価値向上』の観点から経営戦略的視点に立って見直しを行い、不動産投資の効率性を最大限向上させていこうという考え方を示すもの」と定義されています。
一言でまとめると、「自社の持つ不動産を、単なる”箱”ではなく、経営を強くするための”資源”として最大限に活用しよう」という考え方です。
従来の「管財」とCRE戦略の違い
従来の企業不動産の管理は、固定資産台帳への記録や維持修繕の手配、固定資産税の支払いなど、いわば「守りの管理」が中心でした。CRE戦略は、これを一歩進めて、「この不動産は本当に事業に必要か?」「もっと収益を生む使い方はないか?」「売却して他の投資に振り向けるべきではないか?」といった「攻めの経営判断」を行うことを意味します。
CRE戦略で得られる4つの効果
CRE戦略を適切に実行することで、企業は以下のような効果を期待できます。
- コスト削減: 遊休資産(ゆうきゅうしさん:利用されていない不動産)の維持コスト(固定資産税、管理費等)の削減、拠点の統廃合による管理費の圧縮
- キャッシュフローの改善: 不要な不動産の売却による現金化、遊休地の賃貸化による安定収入の確保
- 経営指標の改善: 総資産の圧縮によるROA(Return on Assets:総資産利益率)やROE(Return on Equity:自己資本利益率)の向上。これは株主や投資家からの評価にも直結します
- 事業承継・M&Aへの備え: 不動産の時価を正確に把握しておくことで、事業承継やM&Aの際にスムーズかつ有利な条件での交渉が可能になります
第2章:CRE戦略実践の4ステップ
では、CRE戦略は具体的にどう進めればよいのでしょうか。基本的なステップを解説します。
ステップ1:不動産の「棚卸し」
まず行うべきは、自社が保有(または賃借)している全ての不動産の一覧化です。本社ビル、支店、工場、倉庫、社宅、駐車場、遊休地など、あらゆる不動産をリストアップし、それぞれの所在地、面積、取得時期、簿価、現在の利用状況を整理します。
大企業ではこの「棚卸し」自体が一大プロジェクトになることもありますが、中堅・中小企業であれば、比較的短期間で完了できるはずです。
ステップ2:現状の「評価・分析」
棚卸しが終わったら、個々の不動産の「現在の市場価値(時価)」と「利用効率」を分析します。ここが、不動産鑑定士の専門知識が最も活きるフェーズです。
簿価は取得時の価格であり、現在の市場価値とは大きくかけ離れていることが一般的です。特に、数十年前に取得した土地などは、簿価と時価の間に何倍もの開きがあることも珍しくありません。この「含み益」あるいは「含み損」を正確に把握することが、戦略的な意思決定の土台となります。
ステップ3:戦略の「策定」
評価・分析の結果をもとに、個々の不動産について「今後どうするか」を決定します。主な選択肢は以下の通りです。
- 継続利用: 事業に不可欠であり、現在の使い方が最適な不動産
- 有効活用(転用・賃貸): 自社利用の必要性が低下した不動産を、賃貸物件への転用や、他用途での活用により収益化する
- 売却: 事業に不要な遊休資産や、活用が困難な不動産を売却して現金化する
- 建替え・再開発: 老朽化した建物の建替えや、より高度な利用方法への転換を図る
ステップ4:実行と「モニタリング」
策定した戦略を実行に移し、その効果を継続的にモニタリングします。不動産市場は常に変動しているため、一度決めた戦略も定期的に見直す必要があります。
第3章:中堅・中小企業こそCRE戦略が必要な理由
「CRE戦略は大企業の話でしょう?」と思われる方もいるかもしれません。しかし、むしろ中堅・中小企業こそ、CRE戦略の恩恵を受けやすいと言えます。
理由1:不動産が総資産に占める割合が大きい
中堅・中小企業では、本社ビルや工場、オーナー社長の個人資産としての不動産など、総資産に占める不動産の割合が大企業以上に高いケースが多くあります。つまり、不動産の活用次第で、経営全体に与えるインパクトが大きいのです。
理由2:事業承継の際に不動産問題が顕在化する
中小企業の事業承継において、自社株評価額の算定に不動産の時価が大きく影響します。また、オーナー社長個人が保有する不動産と会社の事業用不動産が混在しているケースも少なくなく、相続や事業承継の際に整理が必要になります。
理由3:遊休資産が「見えないコスト」を生んでいる
「いつか使うかもしれない」と放置されている遊休地や空き倉庫にも、固定資産税や維持管理費は毎年かかり続けています。CRE戦略の視点で見直すことで、こうした「見えないコスト」を削減し、経営をスリム化できます。
第4章:2026年、CRE戦略がさらに重要になる理由
CRE戦略を取り巻く環境は、今まさに大きな変化を迎えています。経営者が押さえておくべき最新動向を紹介します。
新リース会計基準の適用(2027年4月〜)
2024年9月に企業会計基準委員会(ASBJ)が公表した新リース会計基準では、原則として全てのリース取引をバランスシートに資産・負債として計上する(オンバランス化)ことが求められます。2027年4月以降に開始する事業年度から強制適用されます。
これまでオフバランス(簿外)で処理できていたオフィスや営業所の賃借も、バランスシートに計上されることになります。つまり、「保有」と「賃借」の財務上の違いが縮小し、CRE戦略における「持つか借りるか」の判断基準そのものが変わることを意味します。
区分所有法改正(2026年4月施行)
マンション建替え決議の要件が従来の5分の4から4分の3に緩和され、建物敷地売却や一棟リノベーションといった新たな再生手段も導入されます。企業が保有する区分所有不動産(オフィスビルの一区画や社宅マンション等)の再開発・売却戦略にも影響を与える改正です。
これらの制度変更は、まさにCRE戦略の見直しを迫る契機と言えるでしょう。
第5章:CRE戦略における不動産鑑定士の役割
CRE戦略を実践する上で、不動産鑑定士は単なる「価格を出す人」ではありません。利害関係のない第三者として、以下のような多面的なサポートを提供できます。
- 不動産ポートフォリオの時価評価: 保有する全不動産の現在の市場価値を、一貫した基準で評価
- 最有効使用(さいゆうこうしよう)の判定: 各不動産について、法的・物理的・経済的に最も合理的な利用方法を分析
- 売却・賃貸の戦略アドバイス: 市場動向を踏まえた最適な売却タイミングや賃料設定の助言
- 税務・会計対応: 減損会計や賃貸等不動産の時価開示、新リース会計基準への対応など、会計基準が求める不動産評価への対応
まとめ
CRE戦略は、特別なことではありません。自社が持つ不動産を「本当にこの使い方がベストか?」と見つめ直すことから始まります。その第一歩として、保有不動産の「現在の正確な価値」を知ることが不可欠です。
2027年の新リース会計基準の適用も見据え、今こそ自社不動産の棚卸しと戦略的な見直しに着手するタイミングです。
当事務所では、不動産鑑定評価サービスに加え、不動産有効活用・投資コンサルティングを通じて、企業のCRE戦略をワンストップでサポートしています。企業経営者様・管理部門ご担当者様で「まず自社の不動産の棚卸しから始めたい」という段階からでも、お気軽にご相談ください。初回の無料相談も承っております。
