はじめに:「家賃の6ヶ月分」を信じてはいけません
「ビルの建て替えで立ち退きを求められた。立退料はいくらもらえる?」 「老朽化したアパートを建て替えたいが、入居者にいくら払えば納得してもらえる?」
ネットで「立退料 相場」と検索すると、「家賃の6ヶ月分」や「10ヶ月分」といった数字がよく出てきます。しかし、現役の不動産鑑定士として断言します。その「相場」を鵜呑みにするのは非常に危険です。
なぜなら、立退料は「オーダーメイド」であり、個別の事情によって0円にもなれば、数千万円、時には億単位になることさえあるからです。
弁護士の先生方もよくおっしゃいますが、立退料の交渉において最も重要なのは、どんぶり勘定の「相場」ではなく、「なぜその金額になるのか?」という論理的な根拠です。
この記事では、感情論になりがちな立退料について、不動産鑑定士の視点から「算定のロジック」を分解し、適正な金額を見極めるためのヒントを解説します。
第1章:そもそもなぜ立退料が必要なのか?
日本の借地借家法では、借主(入居者)の権利が非常に手厚く守られています。貸主(オーナー)が一方的に「契約を更新しない」「出て行ってほしい」と言うためには、「正当事由(もっともな理由)」が必要です。
「正当事由」を補うハンコ代
しかし、「建物が古いから建て替えたい」という理由だけでは、裁判所はなかなか「正当事由」として認めてくれません。そこで登場するのが「立退料」です。
「貸主の事情(建て替えたい)」だけでは足りない正当事由を、「金銭的な補償(立退料)」で補うことで、トータルで「正当」と認めさせる。これが立退料の法的な位置づけです。
逆に言えば、建物が倒壊寸前で「今すぐ退去しないと命に関わる」ようなケースでは、立退料が低くなる(あるいは不要になる)こともあります。
第2章:立退料の「中身」を分解する(算定根拠)
では、鑑定士はどのように立退料を算出しているのでしょうか? 私たちは、立退料をブラックボックスにせず、以下の3つの要素の積み上げで考えます。
1. 移転実費(動くための費用)
これは最も分かりやすい部分です。
- 引っ越し代
- 新居の敷金・礼金・仲介手数料
- 移転通知の費用、登記費用など これらは「実費」として、ほぼ確実に認められる部分です。
2. 借家権価格(住み続ける権利の価値)
ここが鑑定士の腕の見せ所です。 もし、現在の家賃が相場よりも格安だった場合、退去して新しい物件に引っ越すと、家賃の負担が増えてしまいます。この「安い家賃で住み続けられる利益(差額家賃)」も、補償の対象となります。 この「安い家賃で住み続けられる利益(差額家賃)」も、補償の対象となります。 専門的には様々な計算手法がありますが、立ち退き交渉においては、この「場所を移ることによって失われる経済的メリット」を現在の金額に換算し、借家権価格の一部(または全部)として考慮する考え方が一般的です。
3. 営業補償・慰謝料(失われる利益の補償)
店舗やオフィスの立ち退きで、最も金額が大きく、かつ揉めるのがこの部分です。
- 休業補償: 移転期間中に営業できない分の利益。
- 営業権(暖簾): 「その場所だからこそ稼げている利益」。
- 内装・設備の除却損: まだ使える内装を壊す損失。
住居の場合は「住み慣れた場所を離れる精神的苦痛(慰謝料)」として考慮されることもあります。
第3章:「住居」と「店舗」で世界が違う
立退料の議論では、「住居」か「店舗」かで桁が変わることがあります。
住居の場合
基本的には「移転実費」+「借家権価格(差額家賃の補償)」+「多少の迷惑料」で構成されます。家賃の6ヶ月〜10ヶ月分程度で収まるケースも多いですが、高齢で次の転居先が見つかりにくい場合などは、補償額が跳ね上がることがあります。
店舗・オフィスの場合
店舗にとって「場所」は売上の源泉です。 例えば、駅前の一等地で長年営業している繁盛店の場合、移転によって常連客を失うリスクがあります。この「場所の力(営業権)」をどう評価するかで、金額は大きく変動します。
私たち鑑定士は、確定申告書や決算書を分析し、「この店がこの場所で生み出している利益(キャッシュフロー)」を算出し、理論的な補償額を導き出します。 実際、家賃は月10万円程度でも、営業補償を含めて1,000万円以上の立退料が認められた裁判例も存在します。
第4章:提示額に納得できない時は?
貸主から提示された金額が安すぎる、あるいは借主からの要求が高すぎる。 そんな時は、感情的に言い争うのではなく、「根拠」を問いましょう。
「なぜその金額なのですか? 内訳を教えてください」
もし相手が明確な根拠を示せない場合、あるいは交渉が平行線で裁判も見えてきた場合は、第三者の専門家である不動産鑑定士に相談することをお勧めします。
弁護士が「交渉の代理人」であるならば、私たち鑑定士は「金額の証明人」です。 「相場」ではなく「個別の事情」を反映した不動産鑑定評価書は、調停や裁判の場においても、強力な客観的証拠として機能します。
まとめ
立退料交渉で大切なのは、「誠意」ではなく「計算」です。 「これだけ迷惑をかけるのだから払って当然」「古いビルなんだから出て行って当然」という感情論ではなく、「私が被る経済的損失はこれだけです」という冷静な計算書こそが、解決への近道です。
複雑な権利関係や営業補償が絡む案件こそ、プロの出番です。 また、立退料は「どのような名目で受け取るか」によって、税金の扱いが変わることも見落としがちなポイントです。手元に残るお金を最大化するためにも、根拠のある計算が不可欠です。 適正な立退料の算定にお悩みの際は、ぜひ一度、KRE Appraisalにご相談ください。
