COLUMN
保育園の建物は売却でいくらになる?運営継続か転用かで価格が約1億円変わる理由を不動産鑑定士が解説

はじめに
「保育園として貸している建物を売りたいが、相場がまったく分からない」「運営法人から賃料の減額を求められたが、応じるべきか判断できない」。保育園の建物を所有する地主様や、保育事業を営む法人、融資を検討する金融機関の方から、こうした声をよく耳にします。
先に結論をお伝えします。保育園の建物の売却価格は、賃料を利回りで割るだけでは決まりません。 運営が続く前提の価格と、運営法人が退去して別の用途に転用する前提の価格には大きな開きがあり、想定されるケースでは約1億円の差が生じます。その差をどう見積もるかを左右するのが、地域の保育需要、賃貸借契約の条件、補助金の制約、そして建物の転用可能性です。
この記事では、保育需要の構造変化を整理したうえで、保育所・学童・児童福祉施設の不動産を評価するときの論点と、売却や賃料交渉で鑑定評価をどう使うかを、私たち鑑定士の視点から解説します。
第1章:保育園の不動産を取り巻く環境の変化
1-1. 待機児童の解消から「定員割れ」の時代へ
こども家庭庁「保育所等関連状況取りまとめ(令和7年4月1日)」によると、2025年4月時点の待機児童数は2,254人で、調査開始以来の最少となりました。一方で、保育所等の利用児童数は約268万人と前年より1.0%減り、定員充足率(定員に対する利用児童数の割合)は全国平均で88.4%にとどまっています。都市部では91.3%ですが、過疎地域では74.6%まで下がります。
ただし、需要が一様に縮んでいるわけではありません。2026年4月時点の待機児童数は2,435人と9年ぶりに増加し、世田谷区・足立区・北区など、マンション開発で子育て世帯が流入した地域に集中しました。同じ保育園でも、立地によって将来の需要見通しがまったく異なるのです。
1-2. 保育園の不動産は「オペレーショナルアセット」
保育園の建物は、運営法人の事業が続くことで初めて収益を生む不動産です。このように運営者の事業力が価値を左右する不動産は、オペレーショナルアセット(運営事業と一体で収益を生む不動産)と呼ばれます。老人ホームや温浴施設と同じ性格を持ち、詳しくは「老人ホーム・介護施設の不動産評価はなぜ難しい?不動産鑑定士が解説するオペレーショナルアセットの考え方」で整理しています。
保育園の場合、運営法人の収入の大部分は、子ども・子育て支援法に基づく公定価格(国が定める保育の費用の基準額)による給付です。収入が公的制度に支えられている点は安定要因ですが、園児数が減れば給付も減るため、定員割れはそのまま賃料負担力の低下につながります。
1-3. 学童・児童発達支援など周辺施設も同じ構造
放課後児童クラブ(いわゆる学童保育)は、共働き世帯の増加を背景に利用者が過去最多の水準にあり、需要はなお強い状況です。児童発達支援や放課後等デイサービスといった障害児の通所施設も、テナントとして住宅地の店舗や戸建を借りる例が増えています。これらも公的な給付や補助を収入の柱とし、運営者の事業力に価値が依存する点で、保育園と同じ評価上の論点を抱えています。
第2章:保育園の建物を評価するときの3つの論点
2-1. 論点1:賃料は「市場賃料」と一致しているか
保育園の賃貸借は、運営法人が建物一棟を15〜20年程度の長期で借りる形が一般的です。自治体によっては賃借料の補助制度があり、公定価格にも賃借料に関する加算が設けられているため、周辺の事務所や店舗の賃料より高い水準で契約されている例があります。
不動産鑑定評価基準は、収益還元法で用いる純収益について、現在の契約内容だけでなく、その賃料が市場で継続的に得られる水準かどうかを検討するよう求めています。契約賃料が市場賃料(同種の不動産を新たに貸した場合に成立する賃料)を上回っている場合、その上振れ分は契約期間中に限って得られる収益として扱い、恒久的な収益とはみなしません。
2-2. 論点2:補助金による処分の制限
社会福祉法人などが国の保育所等整備交付金を受けて建てた建物には、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律第22条による処分の制限がかかります。処分制限期間内に、補助の目的に反して使用・譲渡・貸付・担保提供などをするには、所管大臣等の承認が必要です。承認の際に、補助金の全部または一部の国庫納付が条件とされることがあります。
厚生労働省所管の財産処分承認基準では、補助を受けてから10年以上経過した財産の処分は、一定の場合に包括承認事項として事前の報告で足りる扱いとされています。どの扱いになるかは、譲渡先が保育事業を続けるか、有償か無償かなどで変わるため、所管の自治体への確認が欠かせません。
社会福祉法人の場合は、定款で基本財産とされた土地建物の処分に所轄庁の承認が必要となるのが一般的で、手続の時間も見込む必要があります。こうした制約は、買主の範囲を狭め、価格を押し下げる要因になります。
2-3. 論点3:転用可能性と用途地域
保育園の建物には、低い便器や手洗い、乳児室・ほふく室、避難用の設備など、保育に特化した仕様が多く含まれます。運営法人が退去すれば、別の用途に使うための改修が必要です。転用先が特殊建築物に当たり、その用途の部分が200平方メートルを超える場合は、建築基準法第87条による用途変更の確認申請も必要になります。
見落とされやすいのが用途地域です。保育所は第一種低層住居専用地域にも建てられますが、事務所や一般の店舗は建てられません。閑静な住宅地にある保育園は、退去後の転用先が住宅や福祉施設などに限られ、転用可能性が大きく制約されます。廃校の評価でも同じ論点が生じることは、「廃校跡地・教育施設の不動産評価——不動産鑑定士が解説する3つの特殊性と転用の論点」で解説しています。
第3章:想定されるケースで見る価格の差
3-1. 前提条件
数値は考え方を示すための想定です。
前提:首都圏郊外の第一種住居地域にある鉄骨造3階建、延床面積500平方メートルの認可保育園(定員70名)。運営法人に一棟を月額100万円で賃貸している。契約期間は20年で残り12年、6か月前の予告で中途解約ができる条項がある。
3-2. 運営継続を前提とした価格と転用を前提とした価格
| 項目 | 運営継続を前提 | 退去・転用を前提 |
|---|---|---|
| 年間賃料 | 1,200万円 | 900万円(事務所・クリニック等) |
| 純収益(費用控除後) | 1,000万円 | 720万円 |
| 還元利回り | 5.0% | 5.5% |
| 収益価格 | 2億円 | 約1億3,090万円 |
退去・転用を前提とする場合は、さらに改修と用途変更の費用2,500万円と、次のテナントが決まるまでの12か月分の賃料損失900万円を差し引きます。すると、約1億3,090万円−2,500万円−900万円=約9,690万円となり、運営継続を前提とした2億円とは約1億円の差が生じます。転用後は複数の業種に貸すことになり空室リスクが高まるため、還元利回りも高めに設定しています。還元利回りの考え方は「還元利回りの求め方で価格は4,360万円変わる?キャップレート5つの算定法と根拠の見方を不動産鑑定士が解説」をご参照ください。
3-3. 鑑定評価では2つの価格の間をどう判断するか
実際の鑑定評価では、どちらか一方を機械的に選ぶわけではありません。DCF法(将来の収益と売却価格を現在価値に割り引いて合計する方法)を用い、契約の残り12年間は契約賃料を、その後は継続か転用かの見通しに応じた収益を織り込みます。判断の材料になるのは次のような事項です。
- 地域の保育需要:周辺の未就学児人口の推計、自治体の保育所整備計画、近隣園の定員充足率
- 運営法人の事業力:定員充足の実績、財務の健全性、複数園を運営しているか
- 契約条件:中途解約条項の有無と予告期間、賃料改定の条項、原状回復の範囲
- 補助金と法人の制約:処分制限期間の残り、国庫納付の見込み、所轄庁承認の要否
たとえば、周辺でマンション開発が続き待機児童が出ている地域で、複数園を安定運営する法人が借りているなら、契約満了後も保育園として使われる可能性が高いと判断できます。反対に、定員充足率が7割を下回る園で、中途解約の予告期間が短い場合は、転用を前提とした価格に近づけて考える必要があります。
不動産鑑定評価基準(総論第6章)は、価格を最有効使用(その不動産の効用が最も発揮される使い方)を前提に判定するよう求めています。保育園として使い続けることが最有効使用か、それとも転用が最有効使用かを根拠とともに判断する点に、私たち鑑定士の専門性があります。
第4章:売却・賃料交渉・融資で鑑定評価を使う場面
4-1. 地主様が保育園の建物を売却するとき
保育園付きの建物は、買主が限られるため、仲介会社の査定がばらつきやすい不動産です。運営継続を前提とした高い査定と、転用を前提とした低い査定が並ぶことも珍しくありません。鑑定評価書があれば、どの前提でいくらと判断したかを買主に説明でき、価格交渉の土台になります。売却時の譲渡所得の扱いなど税務上の判断は、税理士にご確認ください。
4-2. 運営法人から賃料減額を求められたとき
定員割れが続く園では、運営法人から賃料の減額を求められることがあります。この場合は、現在の契約賃料と市場賃料の差、契約締結時の事情、園の収支状況などを踏まえて、継続賃料(すでに契約関係にある当事者間で改定される賃料)として妥当な水準を検討します。減額に応じるか退去を受け入れるかで建物の価値は大きく変わるため、第3章のような比較を事前に行うことが有効です。賃料増減額請求の法的な進め方は弁護士にご確認ください。
4-3. 金融機関が担保評価をするとき
保育園の新設や建替えでは、運営法人や地主様が金融機関から融資を受けることが一般的です。担保としての評価では、運営が順調な現在の姿だけでなく、運営法人が撤退した場合にいくらで処分できるかが重視されます。
たとえば第3章のケースでは、運営継続を前提とすれば2億円ですが、退去・転用を前提とすれば約9,690万円です。担保評価を前者だけで行うと、運営法人が撤退した際に回収不足が生じかねません。反対に、後者だけで評価すれば、地域の保育需要が底堅い優良な園への融資機会を逃すことになります。両方の価格と、その間のどこに実態があるかを示した鑑定評価書は、融資額や返済期間を検討する材料になります。
4-4. 費用の目安
費用の目安は、正式な鑑定評価書が30万円〜(マンション1室・借地権・底地・収益物件などは40万円〜)、金額の目安を知るための価格等調査報告書が15万円〜、相手方資料の検証(セカンドオピニオン)が5万円〜です(いずれも税別)。保育園の建物は店舗・事務所ビルなどと同じ区分で、鑑定評価書は40万円〜となります。継続賃料の鑑定評価書も40万円〜です。詳しくは料金のご案内をご覧ください。
まとめ
保育園の建物の価格は、運営が続く前提と転用する前提のどちらに近いかで大きく変わり、その見極めに鑑定評価の専門性が生きます。
要点を振り返ります。
- 待機児童は全体として減り定員割れが広がる一方、2026年は9年ぶりに増加するなど、需要は地域ごとに二極化しています
- 保育園の建物は運営法人の事業力が価値を左右するオペレーショナルアセットで、契約賃料が市場賃料を上回る分は恒久的な収益とはみなしません
- 補助金による処分の制限や社会福祉法人の基本財産の手続は、買主を狭め価格を押し下げる要因になります
- 用途地域や保育特有の仕様によって転用可能性が制約され、想定されるケースでは運営継続と転用で約1億円の差が生じます
- 売却・賃料減額・融資の各場面で、どの前提に立つかを根拠とともに示すことが交渉の土台になります
保育園や学童を所有・賃貸している地主様、施設の譲渡や移転を検討している運営法人様、児童福祉施設への融資を審査する金融機関の皆様は、ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談も承っております。





