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財産分与の「基準時」は1つではない──財産の範囲は別居時、評価は裁判時

公開 更新 執筆 不動産鑑定士 吉田健人
財産分与の「基準時」は1つではない──財産の範囲は別居時、評価は裁判時

「基準時は別居時だと弁護士の先生に言われました。だから3年前の値段で分けるということですよね」。別居から時間が経っているご相談者から、たびたびこうしたお話をうかがいます。

半分は正しく、半分は違います。財産分与の実務で「基準時」と呼ばれているものは、実は2つあるからです。どの財産を分ける対象に入れるかを決める時点と、その財産をいくらと見るかを決める時点。この2つは別々に考えるのが一般的な扱いで、前者は別居時、後者は裁判時(分与時)とされることが多いのです。

この二段構えを知らないまま話し合いを進めると、別居から離婚成立までの間に起きた価格の動きが、そっくり交渉の盲点になります。別居時に3,000万円だった自宅が、3年後に3,500万円になっていたとして、その500万円は誰のものなのか。私たち鑑定士は価格の専門家であって法律の専門家ではありませんが、「どの時点の価格を出せるか」「出さないと何が見えないか」については、はっきりお答えできます。この記事では、2つの基準時の関係を整理したうえで、数字で何がどう変わるのかをお示しします。

「基準時」という言葉は2つの意味で使われている

財産の範囲を確定する時点──別居時

まず、分与の対象に入る財産の範囲を決める時点があります。実務では、夫婦の協力関係が失われた時点、つまり別居時を基準とする扱いが一般的とされています。

考え方はシンプルです。財産分与は、婚姻中に夫婦が協力して築いた財産を清算する制度です。2026年4月1日に施行された改正後の民法第768条第3項(令和6年法律第33号による改正)は、家庭裁判所が考慮すべき事情として「当事者双方がその婚姻中に取得し、又は維持した財産の額及びその取得又は維持についての各当事者の寄与の程度」を明示し、「その程度が異なることが明らかでないときは、相等しいものとする」と定めています。協力して築いた、という点が制度の土台にあるわけです。

別居して家計も生活も分かれたあとに一方が新たに得た財産は、もう協力の産物とは言いにくい。だから別居時で線を引く、という発想です。この2分の1という原則そのものについては財産分与の「2分の1ルール」とは──原則と、そうならない場合で整理しています。

価格を判定する時点──裁判時(分与時)

もう1つが、範囲に入った財産をいくらと見るかを決める時点です。こちらは裁判時、つまり実際に分けるときに近い時点とする扱いが一般的とされています。

理由も納得のいくものです。分与は「今ここにある財産」を現実に分ける作業だからです。3年前に3,000万円だった自宅を、今3,500万円で売れる状態のまま、3,000万円の前提で精算してしまえば、家を取得する側だけが差額を手にすることになります。現実に存在する価値と、精算に使う数字がずれてしまうわけです。

時点を分ける理由は「対象」と「金額」が別問題だから

2つの時点が分かれるのは、問われている質問が違うからです。範囲の確定は「これは夫婦で築いた財産か」という質問であり、答えは協力関係が切れた瞬間に固まります。評価は「それは今いくらか」という質問であり、答えは市場が動けば動きます。

別々の質問に、別々の時点で答える。これが二段構えの正体です。もっとも、どちらの時点をどう主張するかは法律上の判断であり、事案によって扱いが変わることもあります。ここは必ず弁護士にご相談ください。私たちがお伝えできるのは、その主張を支える価格資料を、どの時点についてご用意できるかという点です。

別居後に500万円上がった場合、その500万円は誰のものか

想定されるケースの前提

具体的な数字で見ていきます。以下は実在の案件ではなく、論点を分かりやすくするために組み立てた想定されるケースです。

夫名義の分譲マンション1室。別居時の価格は3,000万円、住宅ローン残高は2,000万円。そこから3年が経過し、裁判時の価格は3,500万円まで上がりました。この3年間、ローンは夫が支払い続け、残高は1,700万円まで減っています。他の財産は考慮せず、自宅だけを取り出して考えます。

別居時の価格で精算した場合

別居時の純資産は、3,000万円から2,000万円を引いた1,000万円です。これを2分の1ずつとすれば、それぞれの取り分は500万円。夫が家を取得して妻に代償金(家を取得する側が、取得しない側へその取り分相当額を現金で支払うお金)を渡す形なら、代償金は500万円になります。

裁判時の価格で精算した場合

裁判時の純資産は、3,500万円から1,700万円を引いた1,800万円です。2分の1ずつなら、それぞれ900万円。代償金は900万円になります。

並べて見ると差は400万円

項目別居時裁判時差
自宅の価格3,000万円3,500万円+500万円
ローン残高2,000万円1,700万円−300万円
純資産1,000万円1,800万円+800万円
2分の1相当額500万円900万円+400万円

同じ1軒の家、同じ2分の1ルールで、代償金が400万円変わります。価格の上昇分500万円と、ローン返済による残高減少分300万円が、合わせて800万円の純資産増加を生んでいるためです。

ローン残高を「どの時点で」差し引くかでも変わる

上の表は、価格もローン残高も同じ時点でそろえて計算しました。しかし実務では、価格は裁判時で評価しつつ、ローン残高は別居時の金額で差し引くという扱いが見られます。別居後に夫が自分の収入から返済した元本の減少分まで、夫婦の協力の成果として半分ずつにするのは公平でない、という考え方です。

3通りの組合せを並べると、次のようになります。

計算の組合せ純資産2分の1相当額(代償金)
A 価格・ローンとも別居時3,000万円-2,000万円=1,000万円500万円
B 価格は裁判時・ローンは別居時3,500万円-2,000万円=1,500万円750万円
C 価格・ローンとも裁判時3,500万円-1,700万円=1,800万円900万円

AとBの差250万円は、価格の上昇分500万円の半分です。BとCの差150万円は、別居後に夫が返済した元本300万円の半分にあたります。つまり、400万円の差は「相場の上昇」と「別居後の返済」という性質の異なる2つの要素でできており、それぞれ別の論点として議論されます。どの組合せが妥当かは、婚姻費用の取り決めや居住の実態を含めた事案ごとの法律判断ですので、弁護士にご確認ください。住宅ローン残高が価格を上回る場合の考え方はオーバーローンのマンションは財産分与できない?で整理しています。

高額のマンションでは差が数千万円単位になる

この差は、物件の価格が大きいほど大きくなります。都心の高額なマンションを想定して、同じ計算をしてみます。数値は説明のための想定です。

夫名義のマンションの別居時の価格は1億6,000万円、ローン残高は8,000万円。別居後の2年間、夫が単独で返済を続け、現在の残高は7,400万円です。現在の価格は、相場が上昇した場合を2億円、下落した場合を1億4,000万円の2通りで考えます。

計算の組合せ値上がり(現在2億円)値下がり(現在1億4,000万円)
A 価格・ローンとも別居時4,000万円4,000万円
B 価格は現在・ローンは別居時6,000万円3,000万円
C 価格・ローンとも現在6,300万円3,300万円

計算式は(価格-ローン残高)÷2です。たとえばBの値上がりケースは、(2億円-8,000万円)÷2=6,000万円となります。値上がりケースでは、評価時点の違い(AとB)だけで代償金が2,000万円変わり、ローン残高の時点の違い(BとC)でさらに300万円変わります。値下がりケースでは、AとBの関係が逆転します。高額の物件ほど、「価格をいくらと見るか」と同じくらい、「どの時点の価格とローン残高を組み合わせるか」が結論を左右するのです。

下落局面ではこれが逆に働きます。別居時3,000万円の家が裁判時2,600万円になっていれば、純資産は縮み、代償金も縮みます。どちらの時点が有利かは、市況とローン返済の進み具合の組み合わせで決まり、立場によっても逆になります。あらかじめ「こちらが有利」と言える性質のものではありません。

なお、価格変動そのものへの向き合い方は不動産価格の上昇局面では、財産分与の「いつ」が金額を変えるでも触れています。国土交通省「不動産価格指数(住宅)」でも、マンション(区分所有)の指数は2013年ごろから上昇基調が続いており、別居期間が長引くほど、この論点の金額的な重みは増します。

別居後に起きたことは、どう整理されるのか

相場による値上がりは、原則として双方のもの

「別居後も自分が住み続けて管理してきたのだから、値上がり分は自分のものだ」というお考えをうかがうことがあります。しかし、相場全体の上昇による値上がりは、どちらか一方の努力で生じたものではありません。その家が夫婦で築いた財産である以上、市場の変動による価値の増減も、夫婦双方に帰属すると考えるのが一般的な整理です。値下がりした場合も同じで、その損失を双方で分け合うことになります。

そのため、どちらの時点の価格を望むかは、局面と立場によって入れ替わります。

局面家を取得する側代償金を受け取る側
別居後に値上がり別居時の評価を望む現在の評価を望む
別居後に値下がり現在の評価を望む別居時の評価を望む

これに対して、次に述べるローン返済やリフォームのように、一方の行為によって生じた変化は、相場の動きとは別に考える余地があります。値上がりや値下がりの原因が「市場」なのか「一方の行為」なのかを分けることが、議論を整理する第一歩です。

別居後のローン返済

先ほどのケースで、夫は別居後の3年間に300万円のローンを返済しています。この返済は、別居後に夫が自分の収入から支出したものです。

実務では、この点を単純に無視せず、精算のなかで調整する扱いが取られることがあります。返済によって減った残高がそのまま相手方の取り分を増やす結果になるのは公平でない、という考え方です。一方で、その家に相手方が住み続けていた場合には、住居の利益と相殺的に考える見方もあります。どのように主張し、どこまで認められるかは事案ごとの法律判断ですので、弁護士にご確認ください。

別居後のリフォームや修繕

別居後に一方が自費で大規模なリフォームを行った場合も、同じ構図が生まれます。裁判時の価格にはリフォームの効果が反映されているのに、その費用は一方だけが負担している、という状態です。

ここで注意していただきたいのは、かけた費用と上がった価値は一致しないということです。300万円かけた水回りの更新が、そのまま300万円の価格上昇になることはまずありません。私たち鑑定士は、支出額ではなく市場での価値の増分を見ます。この点はリフォームした家の財産分与──かけたお金と上がる価値は一致しないで詳しく書きました。

別居後に新しく得た財産

別居後に受け取った賞与、別居後に相続した不動産、別居後に購入した自動車。これらは範囲の確定が別居時である以上、原則として分与の対象に入らないと整理されるのが一般的です。ただし、原資が別居前の共有財産である場合など、例外的な扱いが議論される場面もあります。

過去時点の価格は、どうすれば出せるのか

鑑定評価では「価格時点」を過去に設定できる

ここからが私たち鑑定士の仕事の話です。不動産鑑定評価では、価格を判定する日を「価格時点」と呼びます。不動産鑑定評価基準は、価格時点を現在・過去・将来のいずれにも設定できると定めており、過去の時点を価格時点とする評価を過去時点評価といいます。

つまり、3年前の別居日を価格時点とする評価は可能です。その時点で成約していた取引事例を集め、その時点の市場の状況に基づいて価格を判定します。今の相場から機械的に割り戻すのではなく、当時のデータで当時の価格を出す、というのが基準に則った作業です。

仲介会社の査定書では過去時点を出せない

一方、仲介会社の査定は、これから売却する場合の見込み価格を示すものです。性質上、原則として現在時点の価格しか出せません。「3年前の査定額を出してください」と頼んでも、通常は応じてもらえないはずです。

別居時の価格を主張したいのに、手元にあるのが現在時点の査定書1枚だけ、という状態は珍しくありません。この状態では、主張したい時点の数字を示す資料が存在しないことになります。査定書は売却の見込みを示す営業上の資料であり、過去の一時点を証明する書面としては設計されていないのです。

「別居した当時に査定を取っておけばよかった」と後悔される方もいらっしゃいます。しかし、仮に当時の査定書が手元に残っていたとしても、多くは根拠の開示が乏しい概算です。相手方が争えば、それだけで別居時の価格が決まることは期待しにくいでしょう。別居時の価格を、根拠を示して検証できる形で後から用意できるのは、価格時点を明示して作成する鑑定評価書です。

値上がりを「相場要因」と「個別要因」に分けて示す

鑑定評価では、取引事例の成約時点から価格時点までの価格水準の変動を補正する時点修正(不動産鑑定評価基準 総論第7章)を行います。この考え方を応用すると、別居時から現在までの値上がりのうち、市場全体の上昇による部分と、別居後のリフォームなどその家固有の変化による部分を分けて示すことができます。

たとえば別居時3,000万円の家が現在3,500万円になっていたとして、同じエリアの相場上昇が約1割(300万円相当)であれば、残る200万円はリフォームなど個別の変化による部分と考える手がかりになります。先ほどの「原因が市場か、一方の行為か」という論点に、数字で答える材料になるわけです。

2時点を並べて出すという選択

別居時と現在時点、両方の価格を出しておけば、どちらの時点で精算した場合の金額がいくらになるかを、交渉の前に把握できます。先ほどの表のようなものを、実際の物件の数字で作れるということです。

どちらを主張するかは弁護士と決めることですが、その判断材料として金額の差を先に知っておくことには意味があります。差が数十万円なら、時点を争う労力に見合わないかもしれません。差が400万円なら、話は別です。

費用面では、同一物件について2つの価格時点で評価を行う場合、1件分をゼロから2回行うのに比べて資料調査が共通する部分があるため、2件分を単純に合計した金額にはならないのが通常です。当事務所の目安として、鑑定評価書は30万円から(マンション1室・借地権・底地・収益物件などは40万円から)、基準に則らない価格等調査報告書は15万円から、2時点(過去時点+現在)で評価する場合は10万円からの加算としています(いずれも税別)。調停・訴訟など争訟案件は、価格等調査30万円・鑑定評価書60万円(税別)を起点にお見積りします。詳しくは料金のご案内をご覧ください。着手前に金額と納期を書面でお示ししますので、2時点をご希望の場合はその旨をお伝えください。

なお、譲渡所得税や贈与税など税務の取扱いは税理士にご確認ください。私たちがお示しするのは価格であって、税額ではありません。

まとめ

財産分与の「基準時」は1つではありません。分ける対象を決める時点と、その金額を決める時点が、別々に置かれています。この二段構えを理解しないまま「基準時は別居時」とだけ覚えてしまうと、別居後に動いた価値が交渉から抜け落ちます。

要点を振り返ります。

  • 分与対象となる財産の範囲は別居時を基準に確定し、その評価は裁判時(分与時)に近い時点で行うのが実務上一般的とされる扱い
  • 2026年4月1日施行の改正後の民法第768条第3項は、寄与の程度が異なることが明らかでないときは相等しいものとすると定めている
  • 想定されるケースでは、別居時3,000万円・残高2,000万円の自宅が、裁判時3,500万円・残高1,700万円になった結果、2分の1相当額が500万円から900万円へと400万円変わる
  • 別居後のローン返済やリフォーム費用は、精算のなかで調整が議論される。ただしかけた費用と上がった価値は一致しない
  • 不動産鑑定評価では価格時点を過去に設定できるため、別居時点の価格を根拠のある形で示せる。仲介会社の査定は原則として現在時点しか出せない
  • どちらの時点が有利かは市況とローン返済の進み具合で逆転する。両時点を並べてから方針を決めるのが合理的

別居から1年以上が経っている方、別居後もローンを払い続けている方、相手方から「別居時の値段で」と言われて釈然としない方。そして、依頼者の基準時の主張を金額で裏づけたい弁護士の先生。いずれの場合も、必要なのは「どの時点の価格か」を明示した資料です。時点の書かれていない数字は、この論点では武器になりません。

離婚に伴う自宅の評価でお悩みの方、依頼者の財産分与を支援される弁護士の先生は、初回無料相談をご利用ください。別居時期と現在の状況をうかがったうえで、どの価格時点の評価をご用意すべきか、2時点を並べる意味がある事案かどうかを含めてご案内します。お見積りは無料です。

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この記事を書いた人

吉田 健人代表取締役・不動産鑑定士

株式会社KRE Appraisal代表。相続・離婚・借地・賃料など、価格が争点になる場面の鑑定評価を扱う。不動産鑑定士(登録 第11191号)。

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