COLUMN
ならまちの町家を宿にすると価値は上がる?稼働率50%と40%で答えが逆転する理由

「ならまちの実家が空き家のままです。このあたりは宿になっている町家が多いようだから、宿にすれば価値が上がるのではないか」——ならまちや高畑、きたまちの町家を相続された方から、当事務所によくいただくご相談です。実際、ならまちを歩けば、格子の奥に小さな看板を掲げた一棟貸しの宿が目につきます。
結論から申し上げます。宿にすれば町家の価値が上がる、というのは半分正しく、半分間違いです。正しいのは「価値の測り方が変わる」という点。間違いは「測り方が変われば必ず高くなる」と考えてしまう点です。宿として使われる町家の価値は、その宿が生む収益から逆算されます。収益が十分でなければ、改修にかけたお金がそのまま価値になることはありません。
この記事では、ならまちの町家を宿にするという選択を、不動産鑑定士が使う収益還元法(不動産が将来生み出す収益から現在の価値を求める手法)の枠組みで分解します。どこまで収益が出れば投じたお金が価値に変わるのか、その分かれ目がどこにあるのかを、具体的な数字で確かめていきましょう。
宿にすると、価値の「測り方」がまるごと入れ替わる
まず押さえていただきたいのは、自宅として使う町家と、宿として使う町家では、鑑定士が使う物差しそのものが違うということです。
自用の町家は「似た取引」から測る
ご自身やご家族が住むための町家であれば、私たち鑑定士は取引事例比較法(近隣で実際に成立した売買価格から対象の価格を導く手法)を軸に価格を組み立てます。ならまち周辺で成立した町家の売買を集め、間口・奥行・接道・建物の傷み具合の差を補正して金額に落とし込む、という作業です。
ただし奈良の町家鑑定:京町家との違いと、評価で見るべきポイントでも述べたとおり、町家の売買はそもそも件数が限られます。比較できる材料が乏しいことが、この手法の弱点です。
宿として貸す町家は「稼ぐ力」から測る
一方、宿泊事業に使われている町家は、収益を生む資産です。この場合、収益還元法が主役になります。年間の純収益(家賃や宿泊売上から運営に必要な経費を引いた残り)を、還元利回り(その不動産に投資家が求める利回り)で割り戻して価格を求めます。
計算式はシンプルです。純収益 ÷ 還元利回り = 収益価格。分子が大きく、分母が小さいほど価格は高くなります。
だから「改修費を足した金額」にはならない
ここが誤解の生まれるところです。2,000万円かけて改修したのだから、元の価値に2,000万円が上乗せされるはずだ——そう考えたくなりますが、収益還元法はお金をいくらかけたかを見ていません。見ているのは、その町家が毎年いくら稼ぐかだけです。断言しますが、稼ぐ力が伴わない改修は、価値としては回収されません。
宿にする前に越えるべき、4つの制度のハードル
収益の話に入る前に、そもそも宿にできるのかという確認が必要です。越えるべきハードルは、許認可・用途地域・消防設備・景観規制の4つ。ここを飛ばして改修計画を立てると、後から設計をやり直すことになります。
旅館業法か、住宅宿泊事業法か
年間を通して宿泊させるなら、旅館業法に基づく簡易宿所営業(客室を複数人で共用する形態の宿泊施設)の許可が要ります。許可は保健所が所管し、奈良市内であれば奈良市保健所(保健衛生課)が窓口です。構造設備の基準を満たしているか、立入検査を経て許可が交付されます。
これに対し、住宅宿泊事業法に基づく届出、いわゆる民泊は、年間の営業日数が180日を上限とされています。180日を超えて営業するのであれば旅館業法の許可が必要になる、という関係です。なお奈良市は住宅宿泊事業法第18条に基づき「奈良市住宅宿泊事業の実施の制限に関する条例」を定めており、区域や時間によって実施が制限される場合があります。届出の前に、所在地が制限の対象かどうかを必ず確認してください。
用途地域と、建築基準法の用途変更
ならまち一帯は用途地域が細かく入り組んでいます。商業地域や近隣商業地域であれば宿泊施設の建築に制約は少ないのですが、住居系の用途地域では規模や種別に制限がかかります。敷地がどの用途地域にあるかで、実現できる計画が変わります。
また、住宅を宿泊施設に用途変更する場合、その部分の床面積が200平方メートルを超えるときは、建築基準法に基づく確認申請が必要です。200平方メートル以下であれば確認申請は不要ですが、申請が不要であることと、建築基準法の規定を守らなくてよいことは別の話です。この点は誤解が多いところです。
消防設備と、歴史的な町並みの規制
宿泊施設になると、消防法上の扱いが住宅とは変わります。自動火災報知設備や誘導灯の設置が求められることが多く、木造で天井の高い町家では配線経路の確保に工夫が要ります。改修費が膨らむ主要因のひとつです。
加えて、ならまちには奈良市の景観に関する規制があり、歴史的風致形成建造物に指定されている建物では外観の変更に届出が求められます。町並みを守る規制は価値を長期に支える一方、改修の自由度を狭めます。この両面性については今井町・ならまちの町家、その価値と評価・活用のポイントで詳しく整理しています。
想定されるケース:ならまち周縁の町家を一棟貸しにする
では実際に数字を置いてみます。以下はあくまで枠組みをご理解いただくための想定であり、個別の物件の価格を示すものではありません。
前提を置く
ならまちの中心からやや外れた場所にある町家で、延床面積は約100平方メートル、改修後は定員6名の一棟貸しとして運営するという想定です。
- 現状のまま自用の住宅として売却した場合の想定価格:1,200万円
- 宿泊施設への改修費(水回り・耐震補強・消防設備を含む):2,000万円
- 一棟あたりの平均宿泊単価:1泊40,000円
- 運営経費率:売上の55パーセント(運営委託料、清掃費、予約サイト手数料、水道光熱費、保険料、固定資産税、修繕積立を含む)
- 還元利回り:9パーセント
還元利回りを9パーセントと高めに置いているのは、宿泊事業は景気や訪日需要に左右されやすく、買い手が限られて流動性も低いためです。同じ奈良市内でも、通常の賃貸住宅より高い利回りが求められます。
稼働率50パーセントなら、投じた額を上回る
年間の稼働率を50パーセントとすると、売上は40,000円×365日×0.5で730万円。経費55パーセントを差し引いた純収益は328万5,000円です。これを還元利回り9パーセントで割り戻すと、収益価格は3,650万円となります。
投じた総額は、元の価値1,200万円と改修費2,000万円を合わせて3,200万円。収益価格がこれを450万円上回りました。この場合は「宿にしたことで価値が上がった」と言えます。
稼働率40パーセントなら、逆転する
ところが稼働率が40パーセントに落ちると、景色が変わります。売上は584万円、純収益は262万8,000円、収益価格は2,920万円。投じた3,200万円を280万円下回ります。
| 項目 | 稼働率50% | 稼働率40% |
|---|---|---|
| 年間売上 | 730万円 | 584万円 |
| 純収益(経費55%控除後) | 328万5,000円 | 262万8,000円 |
| 収益価格(利回り9%) | 3,650万円 | 2,920万円 |
| 投下額3,200万円との差 | プラス450万円 | マイナス280万円 |
稼働率のわずか10ポイントの違いで、答えが逆転しました。参考までに、奈良市観光協会が公表する宿泊データ月報によれば、奈良市内の客室稼働率は2026年7月で61.1パーセントです。ただしこれはホテル・旅館を含む市内全体の数値であり、一棟貸しの宿は連泊単位でしか売れないため、同じ水準を前提に置くのは危険です。
分かれ目はどこにあるのか
上の試算で動かした変数は稼働率ひとつですが、実務で結果を左右する要素はもう少し広く取る必要があります。
立地は地名ではなく、観光客の回遊路で効く
ならまちは観光客の回遊範囲がはっきりしており、猿沢池や元興寺の周辺から離れるほど、宿としての集客力は落ちます。同じ「ならまち」と呼ばれる範囲でも、回遊路に面しているかどうかで稼働率は変わります。名前ではなく、実際の人の流れで見てください。
定員と、単価の天井
一棟貸しの売上は「単価×稼働率」で決まりますが、単価の上限は定員でほぼ決まります。定員4名の町家と定員8名の町家では、狙える単価帯が違います。改修前に、どの規模の客層を取りにいくかを決めておくことが、結果として改修費の妥当性を左右します。
自分で運営するか、委託するか
運営を専門会社に委託すれば手間は減りますが、その分が経費率に乗ります。ご自身で運営すれば経費率は下がるものの、県外にお住まいの方には現実的でない場合が多いでしょう。県外在住のまま奈良の実家相続を進める手順でも触れたとおり、遠隔での管理体制をどう組むかは、事業の採算そのものに直結します。
判断の前に、押さえておきたい3つのこと
収益の見通しが立ったとしても、それだけで踏み切るのは早計です。事業を始める前に確かめておきたい論点を3つ挙げます。
補助制度は「住宅としての活用」が前提の場合がある
奈良市には空き家・町家バンク活用住宅支援補助金という制度があり、奈良町地域の町家については、改修費が上限50万円(補助率2分の1)、荷物撤去費が上限20万円といった支援が用意されています。ただし名称のとおり住宅としての活用を促す制度であり、宿泊事業への転用が対象になるかは要件次第です。金額も改修費全体から見れば限定的です。使えるかどうかは奈良市に直接ご確認ください。
税務上の扱いが、住宅とは変わる
宿泊事業を始めれば、収入は不動産所得ではなく事業所得として扱われる可能性があり、消費税の課税事業者に該当するかという論点も出てきます。固定資産税の住宅用地特例の適用関係も、用途によって変わり得ます。いずれも税務判断を伴いますので、具体的な取り扱いは税理士にご確認ください。
出口を、はじめに考えておく
宿にした町家を将来手放すとき、買い手は「住まいを探している人」ではなく「事業として買う人」に変わります。買い手層が入れ替わるということは、売却時の価格も収益還元法で見られるということです。つまり、運営実績が価格をつくります。始める前の段階で、何年でどの程度の稼働を目指すのかを言語化しておくことが、出口の値段を守ることにつながります。
客観的な数字で判断したいという場合、私たち鑑定士がご提供できるのは、自用の場合と宿泊用途の場合の両方を試算し、投下資本が回収できる水準を示すことです。正式な鑑定評価書(鑑定士が不動産鑑定評価基準に沿って適正価格を判定した文書)まで必要でない検討段階であれば、価格等調査報告書という形でもお受けしています。町家の評価については伝統的建築・古民家の鑑定、売却を前提とした評価は売却のための鑑定をご覧ください。
まとめ
町家を宿にすれば価値が上がるかどうかは、改修にいくらかけたかではなく、その町家が毎年いくら稼ぐかで決まります。ならまちという土地の魅力は確かな追い風ですが、それだけで採算が保証されるわけではありません。
要点を振り返ります。
- 宿にすると価値の測り方が取引事例比較法から収益還元法に変わる。改修費がそのまま価値に加算されることはない
- 旅館業法の簡易宿所許可か住宅宿泊事業法の届出(年間180日上限)かを選ぶ必要があり、奈良市には実施制限の条例がある
- 許認可の選択、用途地域と200平方メートル超の用途変更確認申請、消防設備、景観規制の4点を、改修計画より先に確認する
- 想定されるケースでは、稼働率50パーセントなら投下額3,200万円に対し収益価格3,650万円、40パーセントなら2,920万円と結果が逆転した
- 立地は地名ではなく観光客の回遊路からの距離で効き、単価の天井は定員でほぼ決まる
- 税務上の扱いは住宅と変わるため税理士に、出口は収益還元で見られる前提で設計する
ならまちや今井町の町家を相続され、活用と売却のどちらを選ぶべきか決めかねている方、あるいは宿への転用を検討していて投じる金額が妥当かを客観的に確かめたい方は、判断の前に一度、数字を並べてみることをおすすめします。奈良県の不動産の評価でお悩みの方は、奈良出身の鑑定士による初回無料相談をご利用ください。ご相談はお問い合わせからお気軽にどうぞ。





