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相続土地国庫帰属制度は奈良で使えるか?国に返す・売る・寄付するの損得を数字で比べる

「実家を相続したら、宇陀の山と五條の畑まで付いてきました。売りに出しても問い合わせすらなく、固定資産税と草刈りの費用だけが毎年出ていきます」——奈良県東部・南部の相続では、こうしたご相談が珍しくありません。持っているだけで出費が続く土地は、確かに存在します。
2023年4月に始まった相続土地国庫帰属制度(相続した土地を、一定の負担金を納めて国に引き取ってもらう制度)は、こうした土地の受け皿として期待を集めました。ただ、「国が引き取ってくれる」という言葉だけが独り歩きしている面もあります。実際には申請できる土地の条件が細かく定められ、審査には8か月かかり、承認されても数十万円の負担金が必要です。
この記事では、制度の要件と負担金を奈良の土地に引き直して具体的な金額で整理し、「国に返す」「安くても売る」「寄付する」という3つの出口をどの物差しで比べればよいのかを示します。その比較のどこで私たち鑑定士の評価が効いてくるのかも、あわせてお伝えします。
「値段がつかない土地」とは、どういう状態か
「安い土地」と「買い手がいない土地」は別物
相談の場で「値段がつかない」と言われるとき、中身は二種類に分かれます。一方は、価格は低いけれども買い手は存在する土地。坪単価が数千円でも、隣地の所有者や地元の事業者が買う可能性があるなら、市場で値段がつく土地です。もう一方は、接道がない、境界が分からない、急傾斜地で使い道がないといった理由で、いくら下げても買い手が現れない土地です。
国庫帰属制度が想定しているのは後者です。安くても売れる土地なら、負担金を払って国に返すより市場で売ったほうが有利になるのが普通です。この線引きを立てないまま制度の話に入ると、判断を誤ります。
奈良県の地理が生む「持ち続けるコスト」
奈良県は、面積の約77パーセントを森林が占める県です(林野庁「森林資源の現況」令和4年3月31日現在)。県北西部の奈良市・生駒市・香芝市といった大阪通勤圏には市街化区域が広がりますが、宇陀市・五條市・吉野郡などの東部・南部は都市計画区域の外にある土地も珍しくありません。相続で受け継ぐ土地に山林や農地が混ざる確率が、構造的に高い県だということです。
持ち続けるかぎりコストは発生します。固定資産税は山林なら年に数千円にとどまることが多く、実際に効くのは管理の手間のほうです。加えて2024年4月から相続登記が義務化され、取得を知った日から3年以内に申請をしないと10万円以下の過料の対象になり得ます(不動産登記法第76条の2、第164条)。「放っておく」は明確に不利な選択になりました。詳しくは相続登記の義務化とは?奈良の実家を放置する3つのリスクをご覧ください。
制度の要件を、正確に押さえる
根拠法は「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」です。使えるかどうかは、この法律が定める門をふたつ通れるかで決まります。
申請できるのは、相続または遺贈(相続人に対する遺贈に限ります)によってその土地の所有権または共有持分を取得した人です。売買で買った土地や法人が取得した土地は対象外。共有地は共有者全員での申請が必要で、相続人の一人が反対していれば前に進めません。
門前払いになる「却下要件」
同法第2条第3項は、申請そのものを受け付けない土地を挙げています。主なものは次の5つです。
- 建物が建っている土地
- 担保権(抵当権など)や使用収益権(地上権・賃借権など)が設定されている土地
- 通路など、他人による使用が予定されている土地
- 特定有害物質により土壌汚染されている土地
- 境界が明らかでない土地、所有権の存否や範囲に争いがある土地
奈良の中山間地で現実に引っかかりやすいのは、1つ目と5つ目です。古い納屋や作業小屋が残っていれば解体が必要で、費用は数十万円から百万円台に達することもあります。山林では境界標がなく、登記面積と現況が食い違ういわゆる縄伸び・縄縮みも頻繁に見られます。
審査で落ちる「不承認要件」
門を通っても、次に実質審査があります。同法第5条第1項が定める不承認要件は、おおむね次の5つです。
- 一定の勾配・高さの崖があり、通常の管理に過分な費用や労力がかかる土地
- 地上に、管理や処分を阻害する有体物(廃棄物、放置車両など)がある土地
- 地下に、除去しなければ使えない有体物(埋設物、井戸など)がある土地
- 隣地の所有者らと争訟をしなければ通常の管理・処分ができない土地
- その他、通常の管理・処分に過分な費用や労力がかかる土地
要するに、国が引き取ったあとに手間のかかる土地は引き取らないという趣旨です。制度は「不要な土地を何でも引き取る窓口」ではなく、「管理に支障のない土地だけを引き取る窓口」だと理解してください。申請先は土地の所在地を管轄する法務局・地方法務局の本局で、奈良県内の土地であれば奈良地方法務局が窓口です。審査手数料は土地一筆あたり14,000円で、取り下げても却下されても返ってきません。標準処理期間は8か月とされています。
負担金はいくらか——奈良の土地で計算してみる
承認されると負担金の通知が届き、その翌日から30日以内に納めなければ承認は失効します。金額は土地の種目と面積で機械的に決まります。
原則は20万円、ただし例外がある
負担金は「宅地」「田・畑」「森林」「その他(雑種地・原野など)」の4区分です。宅地・田畑・その他は、原則として面積にかかわらず20万円。例外は、市街化区域内または用途地域が指定されている地域内の宅地・農地と、農用地区域内や土地改良事業の施行区域内の農地で、これらは面積に応じて金額が上がります。森林には原則20万円の適用がなく、常に面積に応じた計算です。
主な算定式は次のとおりです(法務省「相続土地国庫帰属制度の負担金」)。
| 種目・区域 | 面積区分 | 負担金の算定式 |
|---|---|---|
| 宅地(市街化区域・用途地域内) | 100㎡超200㎡以下 | 面積×2,450円+303,000円 |
| 農地(市街化区域・用途地域内等) | 500㎡超1,000㎡以下 | 面積×810円+318,000円 |
| 森林 | 3,000㎡超6,000㎡以下 | 面積×12円+263,000円 |
| 上記以外の宅地・農地・その他 | 面積を問わない | 20万円 |
端数は1,000円未満を切り捨てます。隣接する2筆以上の同じ種目の土地は、面積を合算して算定する特例もあります。
想定されるケースで並べてみる
奈良県内でよくある条件を組み合わせた3つの想定です。特定の物件ではありません。
ケース1:宇陀市の山林5,000㎡(1筆、都市計画区域外) 負担金は 5,000×12円+263,000円=323,000円。審査手数料14,000円を足して337,000円。これに境界確認や書類作成を専門家に頼む費用が加わります。
ケース2:五條市の畑1,000㎡(1筆、都市計画区域外・農用地区域外) 例外に当たらないため負担金は20万円、手数料と合わせて214,000円。同じ面積でも市街化区域内の農地なら810円×1,000+318,000円=1,128,000円となり、5倍以上の差がつきます。
ケース3:橿原市の宅地200㎡(用途地域内、建物は解体済み) 負担金は 200×2,450円+303,000円=793,000円。手数料と合わせて807,000円です。
気づいていただきたいのは、ケース3がいちばん高いという事実です。用途地域内の宅地は、国から見れば放置できない土地であり、市場から見れば売れる可能性の高い土地でもあります。負担金が高い土地ほど市場で売れる見込みがあり、負担金が安い土地ほど売れない——制度はおおむねそういう設計です。
国に返す・売る・寄付する、どれを選ぶか
国庫帰属は、要件さえ満たせば確実です。費用は前払いで結果が出るまで8か月、承認されれば所有権は国に移り、以後の管理責任から完全に解放されます。
低額での売却は、相手が見つかれば最も損失が小さい選択です。買い手の第一候補はほぼ常に隣地の所有者で、自分の土地と一体化することで形が整い使い勝手が上がるという固有の利益(限定価格の考え方につながる発想です)があるため、市場一般の水準より高く買える合理性があります。なお2024年7月の報酬告示改正で、800万円以下の低廉な空家等は媒介報酬の上限が30万円(税別)に引き上げられ、買主側からも受領できるようになりました(国土交通省告示、令和6年7月1日施行)。仲介会社が低額物件を扱いやすくなった点は、売る側には追い風です。
寄付は、無償だから簡単というものではありません。相手が承諾して初めて成立し、自治体は固定資産税収を失い管理義務を負うため、公共用地として使う計画がなければ受けないのが通例です。
比べるべきは「手取り」ではなく「差額」
3つを比べるとき、多くの方は支出額の大小だけを見ます。しかし正しい物差しは、その選択をしなかった場合に将来払い続ける金額との差額です。
ケース1の宇陀の山林で考えます。国庫帰属なら、手数料と負担金の337,000円に専門家費用が加わり、仮に30万円とすれば合計は約64万円。一方、持ち続けた場合は、固定資産税を年5,000円、草刈りなど最低限の管理委託を年3万円とすると年間35,000円で、10年なら35万円、20年なら70万円です。ここに、将来お子様が同じ問題を引き継ぐという見えないコストが乗ります。
つまりこの土地は、10年で考えれば国庫帰属のほうが高く、20年で考えれば国庫帰属のほうが安い。判断を分けるのは金額そのものではなく、「あと何年、誰がこの土地の面倒を見るのか」という前提です。
判断のための3つの問い
- 値下げすれば買い手が現れる土地か。 現れるなら売却が先です。国庫帰属は売れないことが確認できてからで遅くありません。
- 隣地の所有者に打診したか。 最も可能性の高い買い手候補でありながら、打診しないまま「売れない」と結論づけている例が非常に多く見られます。
- 何年持ち続ける前提で計算しているか。 期間を置かない比較は、必ず判断を誤らせます。
価格の見極めに、評価が必要になる場面
ここまでの比較は、すべて「この土地はいくらで売れるのか」という一点に支えられています。その数字があいまいなままでは、どの出口が有利かは決められません。
「売れない」のか、「売り方を知らないだけ」なのか
仲介会社から色よい返事がなかった、という理由で「売れない土地」と判断されている例は少なくありません。ただ、低額の土地は仲介会社にとって採算が合いにくいという事情もあります。市場性の有無は、報酬構造の影響を受けた反応ではなく、取引事例や地域の需給から確かめるべきものです。
私たち鑑定士は、事例が乏しい土地についても、土地の収益力、造成や境界確定にかかる費用、法規制による制約を総合的に踏まえて価値を筋道立てて示します。その結果として「市場価値はほぼゼロで、むしろ処分費用が上回る」という結論になることもあります。それ自体が、国庫帰属を選ぶ十分な根拠です。
遺産分割で「誰が引き取るか」を決めるとき
相続人が複数いる場合、山林や未利用地を誰が引き取るかは必ず揉めます。「価値がないなら要らない」「でも誰かが持たなければならない」という押し付け合いです。ここで「この山林の価値はゼロに近く、むしろ処分に約64万円かかる」という客観的な数字が出れば、引き取る相続人にその分の代償金を配分するという合意を組み立てられます。評価は、分けるためだけでなく負担を分かち合うためにも使えます。関連して遺産分割で不動産が絡むと揉める理由と、公平な時価の出し方もご覧ください。
どの成果物を使うか、税務の扱いはどうか
評価の成果物には、不動産鑑定評価基準に完全に則った鑑定評価書と、目的と範囲を限定した価格等調査報告書があります。税務署や裁判所に提出するなら鑑定評価書、相続人の話し合いや出口の判断材料であれば価格等調査報告書で足りることも多くあります。詳しくはいわゆる「簡易鑑定」で足りますか?鑑定評価書と価格等調査報告書の使い分けをご覧ください。
なお財産評価基本通達第6項は、通達による評価が著しく不適当と認められる場合に国税庁長官の指示で評価することを定めています。市場価値が実質的にない土地では時価を示す鑑定評価が検討の対象になり得ますが、認められるかは個別性が強く断定はできません。相続税の具体的な取り扱いは必ず税理士にご確認ください。
まとめ
相続土地国庫帰属制度は、値段がつかない土地の有力な出口です。ただし万能ではありません。建物や境界の問題で入口に立てず、承認されても数十万円が出ていき、結果が出るまで8か月かかります。そして何より、この制度を選ぶべきかどうかは「その土地が市場でいくらになるか」を確かめて初めて判断できます。
要点を振り返ります。
- 「安いが売れる土地」と「いくら下げても売れない土地」は別物で、国庫帰属が向くのは後者
- 却下要件と不承認要件の二段階の門がある。奈良の中山間地では建物の残存と境界不明が現実的な壁になりやすい
- 負担金は宅地・農地・その他が原則20万円、森林は面積に応じた計算。市街化区域・用途地域内の宅地や農地は例外として増額される
- 想定されるケースでは、宇陀の山林5,000㎡で約33.7万円、五條の畑1,000㎡で約21.4万円、橿原の用途地域内の宅地200㎡で約80.7万円(いずれも審査手数料込み)
- 比べるべきは支出額そのものではなく、持ち続けた場合の将来費用との差額。宇陀の山林の例では10年と20年で結論が逆転する
- 相続税の具体的な取り扱いは税理士に、登記や申請書類の作成は司法書士・行政書士にご確認ください
県外にお住まいで実家のほかに山林や農地まで相続された方、「誰が引き取るか」の話し合いが止まっている方、申請の前に「本当に売れないのか」を確かめたい方にとって、価値の見極めが最初の一歩です。8か月という審査期間を考えれば、動き出しは早いほうが有利に働きます。
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