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不動産鑑定の3手法とは?原価法・取引事例比較法・収益還元法の使い分け

公開 執筆 不動産鑑定士 吉田健人
朝の光が差す奈良の郊外住宅地の細い道。右手に瓦屋根の木造二階建て住宅、左手に洗濯物の干された小さな二階建てアパートが向かい合い、道の奥に低い山並みが見える

初めて不動産鑑定評価書を開いた方から、よくこう尋ねられます。「なぜ価格が3つも書いてあるのですか。結局どれが正しいのですか」。積算価格、比準価格、収益価格——見慣れない言葉が並び、しかも金額が一致していない。数百万円、場合によっては1,000万円以上の開きがあることもあります。これでは戸惑うのが当然です。

けれども、この3つの数字が並んでいることこそが、鑑定評価が信頼される理由でもあるのです。私たち鑑定士は、ひとつの不動産を3つのまったく違う角度から測り、それぞれの結果を突き合わせてから結論を出します。1本の物差しで測った数字より、3本で測って検証した数字のほうが確かだからです。そして「どの角度を重く見るか」は、対象となる不動産の種類によって変わります。

この記事では、不動産鑑定評価基準(国土交通省が定める鑑定評価の統一ルール)が定める3つの手法——原価法・取引事例比較法・収益還元法——の考え方を、奈良県内の不動産を題材にした具体的な数字とともに整理します。読み終えたあと、鑑定評価書の「どこを見ればよいか」が分かるようにお伝えします。

1. 3手法は「別の入口から同じ価値に近づく」道具

不動産の価値を測る視点には、大きく3つの系統があります。この3つが、そのまま3手法に対応しています。

費用・市場・収益という3つの視点

第一は費用の視点で、「同じものを今つくり直すといくらかかるか」から価値に近づきます。これが原価法です。第二は市場の視点で、「似た不動産が実際にいくらで取引されたか」から近づきます。これが取引事例比較法です。第三は収益の視点で、「その不動産が将来いくら稼ぐか」から近づきます。これが収益還元法です。原価法は売主側の論理、取引事例比較法は市場の論理、収益還元法は買主側の論理に立っています。

基準は「複数の手法を適用すべき」と定めている

不動産鑑定評価基準は、鑑定評価の各手法を当該案件に即して適切に適用すべきものとし、原則として複数の鑑定評価の手法を適用すべきものとしています。適用が困難な場合でも、その考え方をできるだけ参酌するよう努めるべきとされています。手法を1つに絞ってよいとは書かれていません。不動産は個別性の強い資産であり、1つの手法だけに頼れば、その手法固有の弱点がそのまま結論の弱点になるからです。

3つの「試算価格」から「鑑定評価額」へ

3手法から得られる価格は、それぞれ試算価格と呼ばれます。鑑定士は、各試算価格の算定過程で用いた資料の信頼性や対象不動産の性格を踏まえ、どれをどの程度重視するかを判断します。この作業を試算価格の調整といい、最終的に1つの鑑定評価額を決定します。

つまり3つの数字は、答えが3つあるという意味ではありません。3つの検証を経て1つの答えに至った道筋が開示されているのです。ここが、結論の数字だけが示される査定書との決定的な違いです(不動産の「査定」と「鑑定評価」は何が違う?)。

2. 原価法——「今つくり直すといくらか」から考える

原価法(Cost Approach)は、対象不動産を価格時点において再び取得することを想定した場合の費用を求め、そこから古くなった分を差し引いて価格を求める手法です。得られる試算価格を積算価格といいます。

再調達原価と減価修正

手順は2段階です。まず、対象不動産と同じものを価格時点で新たに調達するのにかかる費用(再調達原価)を求め、次に経過年数や状態に応じた価値の減少分を差し引きます(減価修正)。土地については、既成市街地の宅地のように再調達原価を把握しがたい場合が多く、このときは適用できません。造成地や埋立地のように再調達原価を求められる場合には、土地にも適用できます。

減価修正は3つの観点から行う

減価修正では、次の3つの観点から価値の減少を捉えます。

  • 物理的要因:使用や時間の経過による摩滅・破損、劣化
  • 機能的要因:設計の不良、設備の陳腐化、型式の旧式化
  • 経済的要因:周辺環境との不適合、市場性の減退

重要なのは、減価修正が「築年数 ÷ 法定耐用年数」の機械的な計算ではないことです。よく手入れされた建物と放置された建物が、同じ築年数だからといって同じ評価になるはずがありません。実地で確認し、あと何年使えるかを判断したうえで修正します。

想定されるケース:奈良市郊外の築25年の戸建て

具体的に計算してみます。奈良市郊外の市街化区域内、土地160平方メートル、木造2階建て・延床面積100平方メートル、築25年の一戸建てを想定します。

  • 土地:1平方メートル当たり8万円 × 160平方メートル = 1,280万円
  • 建物の再調達原価:1平方メートル当たり22万円 × 100平方メートル = 2,200万円
  • 減価修正:残存耐用年数15年、全体を45年とみて残価率33% → 建物価格 約730万円
  • 積算価格 = 1,280万円 + 730万円 = 約2,010万円

この2,010万円が市場の数字とどう違うのかは、第5章で突き合わせます。

奈良で原価法が効きにくい場面

奈良県には、原価法が使いにくい不動産が一定数あります。ならまちや今井町の町家、県東部・南部の古民家です。伝統的な木造建築は、同じものを今の工法・今の職人で建て直す前提が置きにくく、再調達原価そのものが求めにくいのです。この論点は古民家の評価はなぜ難しい?で詳しく扱っています。

3. 取引事例比較法——「似た物件がいくらで売れたか」から考える

取引事例比較法(Sales Comparison Approach)は、多数の取引事例を収集し、適切な事例を選んで必要な補正・修正を加え、対象不動産の価格を求める手法です。得られる試算価格を比準価格といいます。

4種類の補正・修正を積み上げる

取引事例はそのまま使えません。次の作業を経て、対象不動産と比べられる形に整えます。

作業何を調整するか
事情補正売り急ぎ・買い進みなど特殊な事情を取り除く
時点修正取引時点から価格時点までの価格変動を反映する
地域要因の比較事例の所在地域と対象地域の環境の差を反映する
個別的要因の比較間口・形状・接道・方位などの個別差を反映する

この4段階を、根拠を示しながら1つずつ積み上げます。どの事例を選び、どの要因を何パーセント補正し、なぜそう判断したかを検証可能な形で示す——ここが査定書との違いです。

奈良で難しいのは「事例が足りない」こと

取引事例比較法は、事例が十分にある地域では強力な手法です。奈良市西部や生駒市の住宅地のように取引が活発なエリアでは、この手法が中心になります。一方、五條市や吉野郡といった県南部、宇陀市などの県東部では、比較できる取引がほとんど発生しません。年に数件という地域では、たまたま出た1件が相場を代表しているとは言えません。こうした地域では比準価格の信頼性を慎重に判断し、他の手法での検証をより重く扱います。

「相場」と「あなたの土地の価格」は違う

同じ地域の事例を用いても、対象地の個別的要因で価格は大きく動きます。間口が狭い旗竿地なら相場より2〜3割低いこともあり、角地で整形・南向きの平坦地なら上振れします。地域の相場は出発点であって、結論ではありません。

4. 収益還元法——「いくら稼げるか」から考える

収益還元法(Income Approach)は、対象不動産が将来生み出すと期待される純収益の現在価値の総和を求める手法です。得られる試算価格を収益価格といいます。

直接還元法とDCF法

収益還元法には2つの方式があります。直接還元法は、一期間の純収益を還元利回りで還元する方式で、計算式は「純収益 ÷ 還元利回り = 収益価格」というシンプルな形です。DCF法(Discounted Cash Flow法)は、保有期間中の各年の純収益と期間末の売却価格を、それぞれ現在価値に割り戻して合計する方式です。投資用不動産や、賃料が段階的に変わる契約がある不動産では、こちらの精度が高くなります。

還元利回りが少し動くと、価格は大きく動く

ここが実務でもっとも神経を使う部分です。大和郡山市の木造アパートで、年間賃料収入600万円、空室損失・管理費・修繕費・公租公課などを控除した年間純収益390万円を想定し、還元利回りで割ります。

還元利回り収益価格6.5%との差
6.0%6,500万円+500万円
6.5%6,000万円—
7.0%約5,571万円約マイナス429万円

利回りが1.0ポイント動くだけで、価格は約930万円動きます。収益還元法の説得力は、還元利回りをどう根拠づけたかにほぼ集約されます。鑑定評価書を読むときは、この利回りの決め方に何行割かれているかを見てください。そこが薄い書面は、結論の重みも軽いと断言します。

自用の住宅でも収益価格を求めることがある

「うちは賃貸していないから収益還元法は関係ない」と思われるかもしれません。ところが不動産鑑定評価基準は、事業用不動産以外の不動産であっても、賃貸を想定することにより収益還元法は適用されるものとしています。買主の立場に立てば、自分で住むにしても「貸したらいくらになるか」は価値判断の材料になるからです。

5. 対象不動産の種類で「重みづけ」が変わる

3手法は実際にどう組み合わせるのでしょうか。原則は「複数を適用する」ですが、重みは一律ではありません。

種類別の大まかな傾向

対象不動産中心になる手法検証に使う手法
自用の戸建て住宅取引事例比較法原価法・収益還元法
賃貸アパート・事業用ビル収益還元法取引事例比較法・原価法
既成市街地の土地のみ取引事例比較法収益還元法
造成地・埋立地原価法取引事例比較法

なお、土地のみの評価で、分割して戸建て用地として売れる規模やマンション用地として使える規模の場合には、開発法(造成・分譲を想定して収支から価格を求める手法)も併用します。

ケース1:奈良市郊外の自用の戸建て

第2章で積算価格を約2,010万円と計算した物件です。近隣の中古戸建ての成約事例をもとに補正・修正を行った結果、比準価格が約1,700万円になったとします。

積算価格のほうが310万円ほど高い——郊外住宅地の中古住宅でよく起こることです。建物に残存価値を積み上げても市場がそれを認めず、買主は「土地値プラス少し」で値段を考えるからです。この場合、市場の実態を映す比準価格を標準に据え、積算価格は上限の目安として扱います。積算価格の2,010万円をそのまま採用すれば、売却しても実現できない金額を前提に遺産分割を決めてしまうことになります。

ケース2:大和郡山市の賃貸アパート

第4章の収益価格6,000万円(還元利回り6.5%)の物件です。積算価格も求めてみます。土地300平方メートルを1平方メートル当たり7万円とすれば2,100万円、軽量鉄骨造・延床400平方メートルの建物を再調達原価1平方メートル当たり25万円・残価率40%とすれば4,000万円。積算価格は約6,100万円です。

両者がほぼ一致しました。この一致自体が両手法の妥当性を相互に裏づけます。収益物件では買主の判断基準が収益性にあるため、収益価格を標準とし、積算価格を検証材料とします。

ケース3:ならまちの町家

町家はもっとも判断が難しい類型です。原価法は再調達原価が求めにくく、取引事例も限られるため比準価格の信頼性も高くありません。宿泊施設や店舗としての活用を前提とした収益還元法が有力な選択肢になりますが、稼働率や単価の置き方が結論を大きく左右します(ならまちの町家を宿にすると価値は上がる?)。

6. 3手法を知ると、鑑定評価書の読み方が変わる

鑑定評価書を受け取ったら、まず末尾近くの試算価格の調整の記述を探してください。どの試算価格を標準としたか、他をどう扱ったか、その理由が書かれています。ここが具体的であれば評価は検証に耐えますが、定型文で埋められている書面は、提出先で説明を求められたときに持ちこたえられません。不動産会社の査定や路線価による評価に第三者への証明力がないのは、この複数手法による検証と調整の過程がないからです(不動産の「時価」とは何か)。なお、相続税や譲渡所得の具体的な取り扱いは税理士に、遺産分割や訴訟での主張の組み立ては弁護士にご確認ください。

3手法を適用し、調整の過程を記述する——これが不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価書です。当事者間で価格の見当をつけたい段階では、調査の範囲や目的を限定した価格等調査報告書で足りることもあります。どちらを選ぶべきかはいわゆる「簡易鑑定」で足りますか?をご覧ください。費用の目安は料金についてに掲載しています。

まとめ

鑑定評価書に3つの価格が並ぶのは、答えが3つあるからではなく、3つの角度から検証して1つの答えに至った道筋が開示されているからです。そして「どの角度を重く見たか」に、その評価の質が表れます。

要点を振り返ります。

  • 原価法は費用、取引事例比較法は市場、収益還元法は収益という別の視点から価値に近づき、それぞれ積算価格・比準価格・収益価格を導く。基準は原則として複数の手法の適用を求めており、3つの試算価格を調整して1つの鑑定評価額を決定する
  • 原価法は既成市街地の土地に適用しにくく、町家・古民家では再調達原価そのものが求めにくい。取引事例比較法は取引が活発な奈良市西部・生駒市で力を発揮する一方、県南部・県東部では事例不足が制約になる
  • 収益還元法は還元利回りの根拠がすべて。純収益390万円の想定では、利回り6.0%で6,500万円、7.0%で約5,571万円と、約930万円の差が生じる
  • 自用の戸建てでは積算価格が比準価格を上回ることが多く、市場の実態を映す比準価格を標準に据えるのが基本
  • 税務・法律の具体的な取り扱いは税理士・弁護士にご確認ください

鑑定評価書をこれから取得される方、受け取った内容を確かめたい方、相手方から提出された評価書の妥当性を検証したい方にとって、3手法の理解は判断の土台になります。数字の大小だけを追うのではなく、その数字がどの視点から導かれたのかを見る——それだけで書面の読み方は変わります。

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この記事を書いた人

吉田 健人代表取締役・不動産鑑定士

株式会社KRE Appraisal代表。相続・離婚・借地・賃料など、価格が争点になる場面の鑑定評価を扱う。不動産鑑定士(登録 第11191号)。

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