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特別受益の不動産評価は贈与時か相続開始時か──時点の違いで取り分が430万円動く

公開 更新 執筆 不動産鑑定士 吉田健人
特別受益の不動産評価は贈与時か相続開始時か──時点の違いで取り分が430万円動く

「兄は20年前に父から土地をもらっている。そのとき1,200万円だったと聞いているが、今なら倍近いはずだ」。特別受益(一部の相続人が被相続人から受けた生前贈与や遺贈などの特別の利益。民法第903条)として不動産を持ち戻すとき、どの時点の価格で評価するのかは、遺産分割の相談で繰り返し出てくる疑問です。

結論から申し上げます。特別受益として持ち戻す不動産は、贈与を受けた時の価格ではなく、相続開始時の価格で評価するのが原則です。そのうえで、実際に遺産を分ける場面では分割時の価格も必要になります。つまり、生前贈与がある相続では「贈与時」「相続開始時」「分割時」という3つの時点が登場し、どれを使うかで取り分が数百万円単位で動くことがあります。

私たち鑑定士は法律判断をする立場ではありませんが、過去の一時点の不動産の価格を判定するのは鑑定評価の本来の仕事です。この記事では、特別受益の不動産を評価する時点の考え方と、評価時点を取り違えたときに金額がどう動くかを整理します。特別受益に当たるかどうか、持戻し免除の意思表示があるかどうかといった判断は、必ず弁護士にご確認ください。

特別受益の不動産は「いつの価格」で評価するのか

原則は相続開始時の価格

特別受益の持ち戻しとは、生前贈与などで先に受け取った財産を、計算上いったん遺産に戻して各相続人の取り分を算定する仕組みです。このとき戻す金額は、贈与契約書に書かれた当時の金額でも、贈与税の申告に使った評価額でもありません。家庭裁判所の実務や学説の多くは、相続開始時の時価で評価するという立場をとっています。

理由は公平性にあります。20年前に1,200万円だった土地が今2,000万円になっているなら、受け取った相続人は実質的に2,000万円分の財産を先に得ていることになります。贈与時の価格で戻せば、値上がり分800万円は計算の外に置かれ、他の相続人との均衡が崩れます。

根拠となる民法第904条と最高裁判決

この考え方を支えているのが民法第904条です。同条は、受贈者の行為によって贈与財産が滅失したり価格が増減したりした場合でも、相続開始の時になお原状のままであるものとみなして価額を定める、と規定しています。条文の構造そのものが、相続開始時を評価の基準に置いています。

金銭の贈与については、最高裁判所昭和51年3月18日判決が、贈与時の金額を相続開始時の貨幣価値に換算して評価すべきとしています。不動産でも金銭でも、「相続開始時の価値で揃えて比べる」という発想は共通です。

相続税の「贈与時の価額」と混同しない

混乱の原因になりやすいのが、相続税の計算です。相続税では、一定期間内の生前贈与を相続財産に加算する制度がありますが、そこで加算するのは贈与時の価額です(相続税法第19条)。相続税の計算と、遺産分割における特別受益の計算は、目的も評価時点も異なる別の仕組みです。税務上の数字をそのまま遺産分割の持ち戻し額に流用すると、前提がずれます。生前贈与加算の対象期間や税額への影響は、税理士にご確認ください。

持ち戻しの計算で2つの時点が必要になる理由

具体的相続分は相続開始時の価格で計算する

特別受益を反映した各相続人の取り分を、具体的相続分(特別受益や寄与分を調整した、その人が実際に取得できる取り分)といいます。具体的相続分は、相続開始時の遺産の価格に特別受益の価格を加えた「みなし相続財産」を基礎に計算します。遺産の側も、持ち戻す贈与財産の側も、相続開始時の価格で揃えるのが一般的な考え方です。

実際に分けるのは分割時の価格

一方、遺産分割で実際に財産を配分するときの価格は、分割時(現在)の価格によるのが実務の通例です。そこで家庭裁判所の実務では、相続開始時の価格で各相続人の取り分の「割合」(具体的相続分率)を出し、その割合を分割時の遺産の価格に当てはめるという二段階の方法がとられています。遺産分割と遺留分で基準時が違う点は、評価の基準時でも解説しています。

想定されるケース:評価時点の取り違えで430万円動く

次のような前提で計算してみます。数字は説明のための想定です。

  • 相続人は長男と次男の2人(法定相続分は各2分の1)
  • 長男は15年前に父から土地の贈与を受けた。贈与時の価格は1,200万円、相続開始時の価格は2,000万円
  • 遺産は実家(相続開始時3,000万円、分割時3,300万円)と預金1,000万円
項目贈与時の価格で計算相続開始時の価格で計算(原則)
持ち戻す土地の価格1,200万円2,000万円
みなし相続財産5,200万円6,000万円
長男の具体的相続分1,400万円(35%)1,000万円(25%)
分割時の長男の取得額1,505万円1,075万円
分割時の次男の取得額2,795万円3,225万円

相続開始時の価格で計算すると、みなし相続財産は6,000万円、各自の取り分は3,000万円です。長男はすでに2,000万円分を受け取っているため、残る具体的相続分は1,000万円、割合にして25%になります。この25%を分割時の遺産4,300万円に当てはめると、長男の取得額は1,075万円です。

贈与時の価格1,200万円で計算すると、長男の取得額は1,505万円に増えます。差は430万円。評価の時点を1つ取り違えるだけで、これだけの金額が動きます。さらに言えば、相続開始時の土地の価格を1,800万円と見るか2,200万円と見るかでも結果は変わります。時点を正しく選んだうえで、その時点の価格を根拠をもって示すことが、特別受益の主張の土台になります。

贈与後に形が変わった特別受益の不動産はどう評価するか

建物を建てた・造成した場合は「もらった時の状態」で評価

更地の贈与を受けた長男が、その土地にアパートを建てたとします。民法第904条は受贈者の行為による価格の増減を考慮しないとしているため、建物の価値や、造成・改良によって上がった価値は持ち戻しの対象に含めません。評価するのは「贈与を受けた時の状態のまま、相続開始時まで残っていたとしたらいくらか」という仮定の価格です。

鑑定評価でいえば、現況とは異なる状態を前提に置いて評価する作業になります。相続開始時の市場の資料を使いながら、対象不動産の状態だけは贈与時に戻して考える。現況の建物をいわば「ないもの」として評価する点に、一般的な査定との違いがあります。

売却済みの場合も売却代金ではない

贈与を受けた土地をすでに売ってしまっている場合でも、同じ考え方が及びます。持ち戻すのは受贈者が受け取った売却代金ではなく、原状のまま相続開始時まで残っていたとみなした場合の価格です。10年前に安く売っていても、その後に地価が上がっていれば、上がった後の価格で持ち戻す計算になります。

受贈者の行為によらない変化は反映される

反対に、周辺に駅ができた、用途地域が変わった、地域全体の地価が下がったといった、受贈者の行為によらない変化は評価に反映されます。これらは「原状のまま残っていた場合」にも同じように起きたはずの変化だからです。なお、災害で建物が滅失した場合など、受贈者の行為によらない滅失の扱いには議論があります。該当する事情がある場合は弁護士にご相談ください。

贈与の形をとらない「不動産の利益」

親の土地に家を建てて住んでいた場合

「土地をもらったわけではないが、父の土地に自分の家を建てて、地代も払わずに住んでいた」というケースもよくあります。この場合、土地そのものではなく、無償で土地を使う権利である使用借権(使用貸借による借主の権利)に相当する額が特別受益として問題になることがあります。実務上は更地価格の1割から3割程度とされる例が多いとされますが、建物の築年数や利用の経緯によって幅があります。

この土地を建物所有者である相続人が取得する場合には、使用借権の負担がない土地を取得することになるため、特別受益を別途問題にせず、土地を更地の価格で評価して分ける方法も考えられます。どちらの整理が妥当かは事案ごとの判断です。

住宅取得資金の援助を受けた場合

マイホームの購入資金を親から援助してもらった場合は、原則として金銭の贈与として扱われ、前述の最高裁判決に沿って相続開始時の貨幣価値に換算します。ただし、贈与された資金で特定の不動産を取得したという事情を重く見て、不動産の贈与と同じように評価すべきという主張がなされることもあります。どちらの組み立てで主張するかは、弁護士とご相談ください。

配偶者への居住用不動産の贈与

2019年7月1日施行の改正で、婚姻期間が20年以上の夫婦間で居住用の建物や敷地を遺贈・贈与した場合には、持戻し免除の意思表示があったものと推定されることになりました(民法第903条第4項)。配偶者が受けた自宅の贈与は、原則として持ち戻しの対象にならないということです。配偶者の住まいを守る仕組みとしては、配偶者居住権と不動産の評価もあわせてご覧ください。

寄与分が主張されたときの不動産評価

特別受益と対になる制度が、寄与分(被相続人の財産の維持・増加に特別の寄与をした相続人の取り分を増やす制度。民法第904条の2)です。特別受益が先に受け取った利益を遺産に加算して計算するのに対し、寄与分は寄与に相当する額を遺産から控除し、寄与した相続人の取り分に上乗せします。「兄は土地をもらった」「私は長年父の面倒を見てきた」という主張が同じ相続で並ぶことも珍しくありません。寄与分にも、不動産評価と結びつく論点があります。

介護・療養看護による寄与

寄与分で最も多く問題になるのが介護です。家庭裁判所の実務では、介護報酬に相当する日当に介護日数を乗じ、さらに0.5〜0.8程度の裁量的割合を乗じて金額を算定する考え方がとられています。介護の程度や同居の有無などによって割合は変わります。介護による寄与そのものは不動産の評価ではありませんが、寄与分の額が決まっても、遺産である不動産の評価額が定まらなければ各相続人の具体的相続分は確定しません。

賃貸不動産の管理・経営を担っていた場合

想定されるケースとして、父所有の賃貸マンションを長男が長年にわたり無報酬で管理し、空室の多かった建物の入居率を改善していた場面を考えます。この場合、本来であれば管理会社に支払っていたはずの市場の標準的な管理料や、長男の働きによって増えた賃料収入が、寄与の金額を考える手がかりになります。ここで必要になる「市場の標準的な管理料」や「その建物の適正な賃料水準」の判定には、鑑定評価における賃料評価の知見が活用できます。

修繕費や固定資産税を負担していた場合

被相続人が高齢で管理できなくなった後、相続人が代わりに修繕費や固定資産税を負担して不動産の価値を保ってきたケースも、寄与分の対象になり得ます。支出した金額は領収書などで確認できますが、「その負担がなければ不動産の価値がどの程度下がっていたか」という価値維持の効果を示すには、不動産の状態と市場を踏まえた評価が必要です。寄与分に当たるかどうか、どの程度認められるかの判断は、弁護士にご確認ください。

過去時点の価格は後から出せるのか──鑑定評価の役割

相続開始時にさかのぼった評価は制度上認められている

「亡くなってから何年も経っているが、その時点の価格は出せるのか」というご質問をよくいただきます。不動産鑑定評価基準(国土交通省が定める鑑定評価の統一ルール)は、価格時点(いつの時点の価格かを特定する基準日)を過去とする評価を正面から認めています。当時の取引事例や公示価格、市場の状況を当時の資料で再現して価格を判定します。仕組みの詳細は相続開始時にさかのぼって評価できる理由で解説しています。

特別受益が争点になる相続では、「贈与時の状態を前提にした相続開始時の価格」と「遺産の分割時の価格」という複数の価格を求めることになります。1通の鑑定評価書の中で、条件と時点を明示して複数の価格を示すことも可能です。

路線価や査定書で足りる場合、鑑定評価書が求められる場合

相続人全員が納得して話し合いが進む場合には、路線価や固定資産税評価額、不動産会社の査定書を目安に合意できることもあります。ただし、固定資産税評価額は市場価格との乖離が大きいことが多く、査定書は売却の仲介を前提にした価格の目安であって、過去の時点や「贈与時の状態」といった条件を設定した評価には向きません。相続人間で意見が対立し、家庭裁判所の調停・審判に進む場合には、不動産鑑定評価基準に基づく鑑定評価書が根拠資料として求められることが多くあります。

評価のために集めておきたい資料

贈与を受けた不動産の当時の状態を再現するには、次のような資料が手がかりになります。

  • 登記事項証明書(贈与による所有権移転の日付の確認)
  • 贈与契約書や贈与税の申告書の控え
  • 贈与当時の写真や、建物を建てた時期がわかる建築確認の書類
  • 当時の利用状況がわかる資料(賃貸していたか、更地だったか)

取引事例や公的な価格資料は当事務所で収集します。対象不動産そのものの当時の状態だけは、ご依頼者様の手元の資料が頼りになります。

主張できる期間にも時計がある

特別受益の主張には期間の制約があります。遺産分割では、相続開始から10年を過ぎると原則として特別受益を反映した分割ができなくなります(民法第904条の3)。施行前に開始した相続の経過措置を含め、遺産分割に期限はないが、10年で「分け方のルール」が変わるで整理しています。

また遺留分(一定の相続人に保障された最低限の取り分)の計算に算入される相続人への贈与は、原則として相続開始前10年間にされた特別受益に当たるものに限られます(民法第1044条第3項)。遺産分割と遺留分では、算入の範囲も基準時も異なります。

まとめ

生前贈与された不動産を特別受益として持ち戻すとき、評価の基準は贈与時ではなく相続開始時の価格です。そのうえで実際に分ける場面では分割時の価格も必要になり、評価時点の取り違えは取り分を数百万円単位で動かします。

要点を振り返ります。

  • 特別受益の不動産は、贈与時ではなく相続開始時の価格で持ち戻すのが原則(民法第904条、最高裁昭和51年3月18日判決)
  • 相続税の生前贈与加算は贈与時の価額で行うため、税務上の数字を遺産分割に流用しない
  • 具体的相続分の割合は相続開始時の価格で出し、実際の配分は分割時の価格に当てはめる
  • 受贈者が建物を建てた・売却したといった事情は考慮せず、贈与時の状態のまま残っていたとみなして評価する
  • 親の土地の無償使用は使用借権相当額が問題になることがあり、配偶者への居住用不動産の贈与は持戻し免除が推定される
  • 寄与分(民法第904条の2)でも、賃貸不動産の管理料・賃料水準や修繕による価値維持の効果など、不動産評価の知見が必要になる場面がある
  • 特別受益の主張には、遺産分割で10年、遺留分で相続開始前10年の贈与という期間の区切りがある

兄弟の一人が生前に土地や住宅資金の援助を受けていて、取り分の計算に納得できない相続人の方、特別受益を主張する依頼者の立証資料を整えたい弁護士の先生。まず必要なのは、どの時点のどの状態を前提にした価格なのかを明示した評価です。

相続した不動産や生前に贈与された不動産の評価でお悩みの相続人の方、依頼者の遺産分割を支援される士業の先生は、初回無料相談をご利用ください。登記事項証明書と贈与の時期がわかる資料をお手元にご相談いただければ、必要となる価格時点と評価の進め方を整理してお伝えします。

この記事を書いた人

吉田 健人代表取締役・不動産鑑定士

株式会社KRE Appraisal代表。相続・離婚・借地・賃料など、価格が争点になる場面の鑑定評価を扱う。不動産鑑定士(登録 第11191号)。

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